怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

怪文庫

扉の向こうの黒い影

私の家内の実家は、中央本線の藤野駅から車で20分ほど山間部に入ったところにあります。

 

陣馬山への入口にも当たるため、気候のいい時期などにはハイカーをよく見かけます。

 

実家には家内の母親が愛犬のラッキーと住んでいて、2週に1どぐらいの間隔で、家内と2人で様子を見に行くことが習慣となっていました。

 

どういうわけか、ラッキーは私に大変よくなついていて、私たちが実家に行くといつも私に纏わり付いてきます。

 

実家は山深いところなので、サルはごく普通に見かけます。クマやシカもいるらしいのですが、私はまだ見たことがありません。


実家の周りにはまだ数軒民家がありますが、さらに上の山奥に入ると1軒だけ家が残っているだけです。

 

以前は年老いた夫婦が住んでいましたが、今は誰も住んでいません。

 

私が家内とちょうど結婚した時期のことです。その家で何か事件が起こったらしく、老夫婦の旦那が惨殺され、その奥さんは今も行方不明のままです。

 

旦那には首がなく、腹部が切り裂かれ、内臓が殆どなかったらしいのです。

 

警察はこの猟奇殺人事件は、クマによる被害として最終的には処理したようです。

 

それ以来、誰もその家には近寄りません。


久しぶりに実家に泊まった日の夕方近く、私はラッキーを連れて散歩に出かけました。

 

その時、ふとその事件のことを思い出したのです。

 

事件現場の家を見に行こうと思い、ラッキーを連れて山道を登り始めていました。

 

20分ぐらい行くと家が見えてきました。

 

 

事件が起こってからもうかなり経っていたので、家に近付くにつれて、荒れ果てた家の様子が目に付きだしました。

 

草木が生い茂り、壁や屋根は一部崩れていて、なんとも不気味な様相を漂わせています。


すると、足元にいたラッキーが、家の方を鋭く凝視したまま唸り声を上げ始めたのです。

 

何か嫌な感じがしたので、家は20メートルほど先にありましたが、そのまま戻ろうと振り返った時です。

 

唸り声を上げていたラッキーが家に向かって、けたたましく吠えながら走っていってしまいました。

 

慌てて私もラッキーを追いかけ、家の庭先まで走り込んでいったのですが、ラッキーの姿がなく、先ほどまで吠えていた声も聞こえません。

 

庭先から玄関の引き戸までは5メートルぐらいです。

 

ラッキーの気配を感じようと、庭先で立ち止まったまま耳を澄ませていると、家の中から何か聞こえてきます。

 

ラッキーの唸り声ではなく、もっと低くて息を吐く時に出るような、気味の悪い声です。

 

鳥肌が立、足がすくんだまま玄関の引き戸を見詰めていると、引き戸の摺りガラスの向こうで何かが動いているのが分かりました。

 

聞こえてくる低い声もそこから出ています。

 

なんと言っているのかは聞き取れませんでしたが、クマなどではなく、それは確かに人の声でした。

 

人の形をした黒いものが引き戸の向こうからこっちを見ている気がする。

 

私は、これ以上ここにいてはいけないと直観しました。

 

ラッキーのことは既に頭にはありません。

 

私は後ろを振り向くことなくその家から立ち去りました。


実家に戻ると、どういうわけかラッキーも戻っていました。

 

家内に、上の家で起こった出来事を話すと「あそこは呪われてるから行かない方かいいって、みっちゃん(地元の人)が言ってた」と教えてくれました。

 

それともう一つ、おかしなことに気付きました。

 

ラッキーには左目の上に小さなアザがあるのですが、そのアザがありません。

 

子犬の時からずっとあったアザです。

 

そしてそのこと以来、私たちが実家に行っても、ラッキーは私に纏わり付かなくなりました。

 

この犬は、本当にラッキーなのでしょうか。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter