怪文庫

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キジムナーの間(ま)

これは、私が沖縄に住んでいた時に宿泊したあるホテルの話。

 

そのホテルは今から約30年ほど前に建てられたリゾートホテル。右肩上がりの観光人気も手伝って、多くの観光客が訪れていた。そんな時、ある懸賞でそのホテルの宿泊券が当選したんです。

 

沖縄に住み始めて10年。観光客が訪れる場所など滅多に足が運ぶこともなく生活に追われる毎日。ましてやリゾートホテルに宿泊することなど全くなかった。久しぶりに観光客気分で沖縄を楽しめると妻に当選の報告。二人でプチ旅行気分を味わいながら楽しみにしていた。

 

そしてプチ旅行当日。車を走らせ、目的地のホテルへ。シーズンオフということもあり、人混みが多くなくゆっくりと過ごせそうだと妻とチェックイン。案内されたのは「キジムナーの間(ま)」と呼ばれる部屋だった。

 

キジムナーとは、沖縄各地で伝承されている精霊のこと。赤紙の子どもの姿で知られ、地域によってはマスコットとしてよく見かけたりもする。仲良くなればお金持ちになれるという言い伝えもあり、座敷童に近い存在という認識で問題ないだろう。これはなかなか縁起がいい部屋にあたったなと妻と話して部屋に入ると、『THE・沖縄』というオーシャンビューが飛び込んできた。テンションが上がった私と妻はこの後の予定をどうするか話した。

 

妻と話した結果、普段なかなか訪れない場所だし観光客気分のまま、地元の人行きつけのお店で食事をしようということになった。

 

ホテルの方に地元の人がよく行く居酒屋を紹介してもらい車で向かう。居酒屋に入ると、地酒の泡盛を片手に沖縄のイントネーションで店内のあちらこちらから笑い声が。普段住んでいる場所とは違った雰囲気の店内に、これまたテンションが上がる。女将さんらしき人が注文を聞きに来る。

 

女将「本日はありがとうございます。どちらからいらっしゃったんですか?」

 

私 「沖縄に住んでるんですが、今回はあそこのホテルに宿泊してるんですよ。プチ旅行ですよ」

 

女将「そうなんですか~。あそこはいろいろなお部屋があるし、どういったお部屋にお泊りなんです?」

 

私 「キジムナーの間(ま)っていう部屋なんですよ。海が見渡せていい部屋ですよ」

 

女将「っ。・・・そうなんですか~。いい部屋に当たりましたね~」

 

一瞬、女性の顔が険しくなったような気がしたが、メニューに興奮気味の妻が横からすぐに大量の注文を始める。新鮮な海鮮に沖縄の郷土料理がならび、お酒も進み隣の席の人と仲良くなるといった沖縄あるあるも達成した私達。会計を済ませた帰り際には、

 

女将「本日はありがとうございました。またお越しくださいね。あっ、これお土産です」

 

私 「えぇ!?いいんですか?」

 

女将「えぇ・・・。お気をつけて」

 

私 「いや~、こんなによくして頂いて本当にありがとうございます。また来ますよ」

 

と、お土産まで渡されて大満足の私たちはとても幸せな気持ちで部屋に戻った。

 

久しぶりのお酒でいつもより早い寝息を立てている妻を見ながらそろそろ寝ようとした頃、そういえばお土産の中身を確かめていなかったことに気づいた私はお土産を手に取った。ティッシュボックスくらいの大きさの箱を開けると、黒糖やちんすうこうなどお菓子の詰め合わせが出てきた。明日の帰りに食べさせてもらおうと、女将さんに感謝しながら私もベッドの中へ入った。

 

幸せな気持ちでベッドに入った私だったが、うまく寝付けずにいた。体感では深夜1時過ぎ。そろそろ寝ないと明日に響きそうだと思っていたその時。

 

部屋の中になにか気配を感じた。はっと、部屋の中央に目を向けるが何もいない。早く眠ろうと再びベッドに顔をうずめ、まだまだ気が高ぶっているなと思っていると・・・。今度ははっきり何か『いる』という感覚に襲われた。先程とは違い、明らかに何かが『いる』と。

 

その感覚を味わうと不思議なもので、先程できた確かめるという行為が出来なくなっていた。『いないはずなのに、いる』。その相反する現状に私自身が軽いパニックに陥ってた。目をつむり、落ち着け!落ち着け!と頭の中で声をあげながら。

 

・・・私はいつの間にか眠りに落ちていた。翌朝、妻に起こされるまでの間、記憶はなかった。あれは何だったのか?

 

昨日とは違う景色のオーシャンビューに、はしゃいでいる妻を横目に私は考えていた。

 

チェックアウト後、周辺の観光地を巡り帰路につこうとした時、妻が昨日の女将さんにお礼をしたいと言った。

私も同じ気持ちでいた為、昨日の居酒屋へ向かった。開店時間はまだだったので、会えるか心配だったが、女将さんが店の前で暖簾を出している姿を見かけたので、これ幸いと店の前へ。

 

女将「あら、昨日のお客さん。また来てくれたんですか?」

 

私 「昨日はありがとうございました。これから帰るのですが、妻がお礼をしたいと」

 

女将「あら。そんなのいいのに。旅行は楽しめました?」

 

私 「はい。私も妻も満足しています」

 

妻が女将さんにお礼を言っている横で、私は昨日の夜のことがなければと思っていた。お礼の飲み物を買ってくると隣のコンビニに妻が向かい、私と女将さんが取り残される。

 

私 「すみません。お店の開店前にお時間をとらせてしまって・・・」

 

女将「昨日の夜、何かいましたか?」

 

不意に女将さんが言った。

 

私 「えっ、ど、どうして?」

 

女将「さっき満足してるって言った後、何か納得いっていない様子でしたから」

 

私 「・・・あれが何かご存じなんですか?」

 

女将「お客さんは、キジムナーってご存じ?」

 

私 「え?あ、あの精霊って言われてるやつですよね」

 

女将「ええ。でも、もう一つの顔は?」

 

私 「もうひとつの顔?」

 

女将「魔物」

 

私 「魔物!?」

 

女将「ええ。妖怪や魔物っても言われたりするのよ」

 

私 「・・・そうですか。知りませんでした」

 

女将「私の旦那が昔あのホテルに勤めててね。キジムナーの間(ま)でそういう噂があったのよ。人によっては、怖い思いをした人もいたみたいだし」

 

私 「・・・私もそうなるように見えたんですか?」

 

女将「絶対ってわけじゃないけどね。お客さん達、小さいお子さんがいないようだったから」

 

私 「子ども?」

 

女将「精霊に見えるのは純粋な子どもだけって言われてるからね。逆に、大人が見るのは魔物。マジムンなのよ」

 

私 「マジムン・・・」

 

女将「キジムナー、別名キジムンとも言ったりするよ。精霊と魔物、両方の意味を込めてね」

 

私 「・・・」

 

女将「まぁ、なんにせよ、お土産も役にたったようだし良かったよ」

 

私 「えっ!?」

 

女将「あらっ、奥さん。こんないっぱい。ありがとうね~」

 

驚く私の後ろから妻が戻って、女将さんにお礼の飲み物を渡す。

 

女将「それじゃ、・・・お気をつけて」

 

私 「お世話になりました」

 

後日調べたのだが、沖縄には植物や、麻の紐などを結んだ「サン結び・サングヮー」という魔よけの風習があることを知った。そして、その魔除けがお土産の箱の中に一緒に納められていたのだ。

 

私が感じたものは魔物だったのだろうか?それとも、精霊?答えは分からないし、確かめる術もない。ただもし、皆さんがキジムナーの間(ま)に泊まることがあるなら・・・。

 

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