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怪文庫では、多数の怖い話や不思議な話を掲載致しております。また怪文庫では随時「怖い話」を募集致しております。洒落にならない怖い話や呪いや呪物に関する話など、背筋が凍るような物語をほぼ毎日更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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鬼伝説の山①

俺が中学生のときだった。

 

いじめられっこだった俺は、夏休みになると祖母の住む田舎に帰省していた。

 

山に囲まれたA野という地区で、もともと俺の家族も暮らしていた。

 

だが母と祖母の仲が悪く、特に祖母が母の自分勝手な性格を嫌っていたのが大きな原因で、ついに耐えきれなくなった母は引っ越すことを決意した。

 

だが自分の都合で我が子を振りまわすことに懸念を覚えたのか、当時、いじめられていると誰にもいえなかった俺の気持ちを、見当違いに推し量り、慣れ親しんだ学校を離れずに済むようにと、引っ越し先は山を一つ越えた隣の街になった。

 

(父は務めている会社も隣街だったし母のストレスも考えて承諾した)

 

今まで十分だった通学時間は三十分に延びたが、これでもまだ近い方だろう。

 

そして、いつも通りに自転車を漕ぎ、左右を木々が占領する道路を十五分くらいかけて突き進むと、以前の我が家である民家に到着した。

 

孫の顔を見れて喜ぶ祖母は、母がいなくなって清々したことを俺の前で呟きながら、張り切って畑仕事にいき、俺は居間のテレビを見る日々を過ごした。

 

裏にある深い森も、夏の風物詩であるセミの鳴き声を轟かせていた。

 

ただ、その森――B山には、古から残り続ける、ある伝承があった。

 

逢魔時になると鬼が出る、というものだった。

 

記憶が曖昧なので要点だけつかせてもらうと、大昔、この土地には鬼が住んでおり、B山の頂上を拠点に悪行を繰り返していた。

 

貧困で困り果てた地元民は窮状を百姓に訴えると、腕の立つ用心棒を出向かせて鬼を討ったという伝説だ。

 

(大まかな骨格としては温羅伝説に似ている)

 

そしてB山を拠点としていた鬼は、討たれたことで悪霊と化し、魑魅魍魎となって現れると云われていたのだ。

 

だが、A野で暮らす人たちは、若い世代になるにつれてその伝説を、早く寝ない子には鬼が食べにくるぞなどと、子どもの躾けにかこつけることが多かった。

 

反対に、個人で山を持つ年配者の間では目撃談が飛び交い、鬼の存在を信じ怯えていた。

 

元来霊感の強かった祖母ももちろん鬼について語っており、お盆や真夜中になる霊が何とか盛り塩がどうたら騒ぎたて、母とにらみ合っていたし、A野の古い神社へお札を受け取りにいくこともあった。

 

そういった祖母の行動から、俺は幼いながらに鬼を信じていた。

 

逢魔時にB山へ立ち入ることもしなかった。

 

さらに、神社には神隠しを退けた人物の遺骨を保管しているというオカルト染みた事実も手伝って、ますます俺の信仰に拍車をかけた。

 

だが、中学生にもなると、俺は疑い深くなりネットの影響もあってそれらのことを信じなくなっていた。

 

祖母はそのことを承知していたらしく、帰省した途端入念に、

 

「あの森には近づくな、あそこは異界が開けている。いるのはただの鬼ではない」

 

と忠告を繰り返したが、俺の中二心を刺激したに過ぎなかった。

 

それに俺は他の目的もあって、鬼伝説が残るB山に入るつもりでいた。

 

俺は玄関を出た。祖母は畑仕事に熱中していた。

 

そして家の庭には倉があった。祖母が集めた魔除けグッズを保管している倉だった。

 

幸いなことに森の入り口と、それが一直線に見える畑の間に建っていて、俺の姿を遮り、祖母は森へ立ち入った俺に気が付いていなかった。

 

俺は自宅から持ってきた重いリュックサックを背負って山道を歩いた。

 

夕方までには程遠く、逢魔時になる前には、家に戻ることができるはずだった――

 

小学生の時、日中に何度も遊んだことのあるB山は相変わらず、木の葉が重なり合い、太陽の光を遮って僅かな木漏れ日を落としていた。

 

日が落ちれば静寂と闇が支配し、あらゆる気配を際立たせる。

 

三つの河川の堆積によりできた大規模な平野や、有数の山岳地帯がある地方の為、高い位置まで上ると似たような山々や地形を眺めることができた。

 

俺は周囲を見回しながらそんなことを想起して、セミの大合唱を鬱陶しく思いながらもしばらく歩きつづけた。

 

そして、一瞬目について、ふと、また気になった大木の前に俺は立った。

 

その木が俺の目的に見合ったものだと判断したからだ。

 

次にリュックを地面に降ろすと、中から数本の釘や金づち、人型につくった粘土を取り出した。

 

俺の目的は呪いの実行だった。

 

今のご時世、大抵のことはググれば解決する世の中であるから、インターネットで情報を集めたのだ。

 

ターゲットはいわずもがな俺を虐めていたT、N、Uの三人だ。

 

俺はメモしていた手順を確認しながら準備を進めていった。

 

実行は真夜中だった。

 

だが、俺の選んだ方法は手間のかかるもので、暗闇の中作業をするのは効率が悪く、明るいうちに済ませ、あとは人型の粘土に釘を打つだけ、にしておきたかった。

 

用意した紙片に三人の名前を書き、採取しておいた髪の毛(うまくいかずTの髪の毛しか取れなかった)を粘土に仕込ませる。

 

指に付着した白い粉をズボンで拭きながら俺は淡々とこなしていった。

 

次に俺は木に近づいて釘が打ちやすいか試してみた。

 

少し力がいるが、容易に粘土を貫いて怨念と共に大木へとつなぎとめることだろう。

 

俺が眼間の木の幹から体を離した時、視界の異変を感じて固まった。

 

辺りが暗くなっている。

 

俺の背筋が凍った。

 

太陽はまだ高い位置にあったはずだった。

 

よほど葉の量が多く陽光を遮断しているのかとも思ったが、上を見ればちゃんと隙間があり、薄暗い空には点々とした星がある。

 

先ほどまで響いていたセミの鳴き声もやんでいた。

 

携帯で時刻を確認すると十九時を回っていた。

 

森に入ったのが十四時くらいだった。すると五時間経過したことになる。

 

おかしすぎる。せいぜい数十分しか経っていないはずだ。俺は改めて周囲を覗う。

 

それは日も暮れて闇夜に移り変わる、れっきとした逢魔時であった。

 

俺は祖母の言っていたあの森は異界へ通じておる、という言葉を思い起こしてゾッとした。

 

準備もある程度終えていたので、俺はそそくさと道具を片付けると、リュックを背負った。

 

早く森を抜けなければならない、祖母の忠告を信じていなかった俺だったが、いつの間にかそう思っていた。

 

真夜中にはまた訪れる場所だ。その時は逢魔時ではないし、憎しみが恐怖を凌駕していたので、決行する決意は揺らいでいなかった。

 

俺の中で、だんだん祖母に怒られることに不安を覚え始めていたとき、ふと声をかけられた。

 

ありえない出来事に俺は飛び上がりそうになった。

 

声のした方を見ると、木々の間に少女が立っていた。

 

薄いワンピースを着ていて、俺と同世代くらいだった。

 

暗闇に溶け込む黒髪はまっすぐに垂れ下がり、肌は彼女を包み込む黒に相反して真っ白だった。

それが不気味さを際立たせている。

 

「それは呪具?」

 

透き通った声色だった。

 

俺はドキマギしてしまい、コクリと頷くことしかできなかった。不覚ながら俺のタイプの顔をしていたのだ。

 

俺は少女に質問されて、リュックを見やったが、おや? と思った。

 

確かにこの中には釘や粘土が入っているが、それらが見えるはずがないのだ。

 

もしかしたら彼女は俺が呪いの準備をしているところを見ていたのかもしれない。

 

少し恥ずかしくなってくる。

 

俺は早く帰路につきたかったが、少女の名前くらい聞いておこうと、思い切って尋ねてみた。

 

すると彼女は、

 

「わたし」と呟いた。

 

俺は理解できずに、もう一度訊きかえしたがまた、

 

「わたし」としかいわなかった。

 

彼女の名前は、わたしというらしかった。

 

もともとこの田舎は俺の地元だ。誰が住んでいるのか、ある程度把握している。

 

だがわたしという名前の女の子は聞いたことがなかったし見たこともなかった。

 

知らない間に引っ越してきた子なんだろうか。それにしても一人称が名前だとは到底信じられなかった。

 

俺はニックネームなんだと勝手に判断していた。

 

「いい目をしているわね」

 

彼女(以後彼女で統一)は唐突にいった。

 

そして一方的に、「誰かを呪いたいの?」と続ける。

 

俺はふと、彼女の枝のような腕に目がいった。

 

そこには繊細な肌に似つかない赤黒い痣が刻まれていた。俺は己の背中にある赤い痣を頭に浮かべた。

 

このとき、この子も俺と同じ境遇なのだろうかと予想した。

 

同級生にいじめられて、誰にも相談できず、たった一人で立ち向かっている。

 

俺は自然に口を開いていた。

 

「TとNとUって奴がいるんだけど、そいつらを呪ってやるつもりなんだ」

 

初対面の人間に対して発する言葉ではなかったが、俺はその前の経緯なども、何故か滔々と話していた。

 

聞き終えた彼女はいった。

 

「あなたは頭が悪そうね」

 

「え」

 

俺は拍子抜けしてしまった。

 

てっきり同情や同調してくれると思っていたからだ。

 

でも確かに俺は成績もよくないし、話のまとまりもなかったように思うから否定もできなかった。

 

「協力してあげようか」

 

だから彼女がそう提案してきたとき、俺はまたひどく驚いた。

 

俺は半ばこの子と仲よくなりたいと思っていた。

 

顔もタイプだし、口が悪いところもあるけれど、共通の話題を持ちたくて、俺は頷いていた。

 

彼女は俺を見つめ続けていた。

 

「約束したわね。じゃあ、その呪具はいらないわ。そもそもあなたがやろうとしている呪いはデタラメよ、効果なんてない。だから、この箱をわたすわ」

 

彼女は俺に、手のひらサイズの箱をわたした。表面に紋様のような線が刻まれている重い箱だった。

 

「呪いたい相手の一部をこの箱に入れて。決して自分の物は入れてはだめよ」

 

俺は呪いの際に必要だった、Tの髪の毛を包んであるハンカチを取り出した。

 

Nの制服についていた抜け毛を何本か拝借したのだ。(俺はそのとき勘違いされてTに殴られてしまったが)

彼女の指示通りに箱の蓋を開けて、その一本を入れる。

 

「これで呪いが実行される、んですか?」

 

「そう」

 

俺は箱を凝視した。

 

また疑問が湧いてきて質問しようと俺が目線をあげると、わたしの姿は忽然と消えていた。

 

帰ったのは二十時を回っていて、祖母にこっぴどく叱られた。

 

帰りが遅いことの他に、B山から出てくるところを見られていたため、説教は長時間にわたった。

 

「それで、会ったのか?」

 

「な、何に?」

 

「鬼じゃ」

 

俺は首を振った。

 

実際は少女に出会ったが、余計なことをいうとまた怒られると思って黙っていた。

 

「もし鬼と出会っても話してはならんぞ」

 

祖母は俺を覗き込むようにしていった。

 

俺はその後引っ越してからもそのままにしてある自分の部屋に行き、リュックに入れていた箱をベットの上に置いた。

 

その箱は西洋に出回っている骨董品にも見えた。俺は正直こんなもので呪えるはずがないと思っていた。

 

彼女の悪戯なら、まんまと乗せられた形だ。

 

しかしかわいい女の子に騙されるのも悪い気分はしなかったのだ。

 

あの三人を呪う時間はいくらでもあるし、NとUの髪の毛も採取しなくてはならない。

 

大木にも準備を施したままだ。準備もしたのだし、最後まで成し遂げたかった。

 

俺はそのまま眠りについた。

 

 

次の日、俺は再び森へ行こうと画策した。

 

もしかしたらあのわたしという少女が来ているかもしれないと考えたからだ。

 

今度は箱をポケットに入れて玄関を出た。太陽は高く、夕方までやはり余裕はある。

 

しかし昨日のようにいつの間にか日が沈んでいるとも限らなかったが、中学生だった俺の好奇心をとめる理由にはならなかった。

 

そうと決まったら行動するのみだ。

 

そして、家を囲む塀の入り口まできたときだった。

 

視界に黒い点が映った。俺は違和感を覚えて目をこらした。

 

俺の家の前にはいくつかの田んぼが隣り合っている。間には小道が走り、十字にわかれた箇所もある。その十字路の中央だった。

 

「犬だ」

 

真っ黒い犬が佇んでいた。

 

遠くの方だったので、細部まで確認できなかったが、犬の形であることに間違いない。

 

誰かの飼い犬だろうかと思った。だが不思議なことにその犬は、普通の犬がやるように舌をだしてしきりに呼吸するのではなく、口をきっかり閉じたまま、じっとこちらを凝視していた。

 

俺は急に寒気がして足早に森へ向かった。

 

だが寸でのところで慌てた様子の祖母の声が聞こえた。俺は冷や汗をかいて、すぐさま引き返す。

 

「ど、どうしたの?」

 

「大変じゃ」

 

「何が」

 

「お前のとこの同級生な」

 

誰だろうと思った。

 

「名前は?」

 

「うー、確かTとかいっていた」

 

箱に髪の毛をいれた奴だ。

 

「Tが何?」

 

俺はぶっきらぼうにいった。

 

「死んだ」

 

「!」俺は言葉を失った。

 

Tの家はここから近い。

 

俺が箱を見つめながら歩いていると、NとUが自転車に乗って走ってくるのが見えた。

 

「おい、Tが死んだんだ」

 

「知ってるよ」

 

「チッ、なんで」

 

二人は苛立ったようにいった。

 

俺はそのあと、二人にぼこぼこにされた。

 

話し方が気に喰わない、汚い手でさわるな、などと難癖をつくられて殴られたり水をかけられたりした。

 

彼らもTの唐突な死に戸惑っていたんだと思う。俺もそうだった。

 

あとから聞いた話ではTの体には外傷一つなかったらしい。持病があったわけでもなかったので、状況証拠から自殺、ということで片付いたそうだ。

 

彼女のいったことはこういうことだったのか。しかし呪うといっても死に至らしめようとは微塵も考えていなかった。

 

だがその動揺は、次第に過激さを増すNとUの暴力によって、ざまぁみろという気持ちに変わっていき、こいつらにも同じ目にあわせてやるという思いに変わっていた。

 

俺は隙を狙って逃げた。

 

二人は追いかけてくる。森へ逃げ込んだ。

 

俺は体力も二人に比べてなかったのですぐにつかまってしまった。できるかぎりの抵抗をする。

 

二人もそれでますます熱がはいり、つかみ合いの喧嘩に発展した。

 

俺は二人の髪の毛を引っ張る。彼らも俺の髪の毛を引っ張った。

 

痛みが頭部に走るのを我慢して、俺は何とか二人の髪の毛を数本握った。

 

ちょうどNとUの髪の毛を採取できるチャンスだったのだ。

 

ひりひりする己の頭をなでながら俺は尚も殴られ続けた。

 

ふと、突然Nの動きが止まった。物音を聞き分けるように耳をすませている。その様子に俺とUの手も止まる。

 

直後、Nは人がかわったようにその場にうずくまった。

 

震えているのがわかった。

 

Nは呆然と前だけを直視し、しきりに瞬きをしていた。呼吸が荒くなっている。

 

虚ろな目をUに向けるが、すぐさま元の位置におさまる。

 

「どうした?」Uが声をかけた。

 

Nは何度かあごを突きだしてどこかを示していた。

 

「あそこの茂み……」

 

「茂み?」UはNが凝視する先を見た。

 

俺も気になって二人の視線を追う。

 

確かに茂みがあるが、いくつもあってどれのことをいっているのかわからなかった。

 

Uは適当に見当をつけたらしくいった。「茂みがどうかしたのか?」

 

「その後ろに……しゃがんだ」

 

「しゃがんだって? 誰が?」

 

Uは答えなかった。

 

尻餅をつき、首を左右に振り始めた。

 

「もしかして誰かに見つかったのか? なら早く逃げるぞ!」

 

Uは繰り返しいった。

 

だが、Nは固まって動く気配はない。

 

茂みをずっと見つめていたが、特に変化は見られなかった。

 

Uが走りだそうとした直後、

 

「動くな!」Nが叫んだ。

 

UはびっくりしてNを見た。

 

「まだいる!」

 

「な、なぁ、一体誰がいるっていうんだ」

 

「静かにしろ。お前にはいわなかったけど昨日から何かに見られている気がしてたんだ」

 

「そんなの俺は感じないぞ。気のせいだろ」

 

「いいや、確かだ。同じ気配がする」

 

Uは尖り声をあげた。

 

「お前は誰に怯えてるんだよ! 何もないだろ!?」

 

茂みは音を立てない。隙間には暗闇があるだけだ。

 

しかしNは吸い込まれるように生い茂る葉の塊を見据えていた。

 

「N! お前は何を見てるんだ!?」

 

「目だよ!」

 

Nが腹底から声を張り上げた為、一瞬だったが、辺りに低く響いた。

 

俺は身の毛もよだつ思いがした。

 

Uも固まっている。

 

「そんなのどこにも……」

 

すると、どこからともなく、

 

「うっうぅ」

 

という、うめき声が響いてきた。

 

Uが怯えているのがわかる。

 

「何なんだよこれ!」俺もよくわからない。

 

祖母のいっていた鬼が本当に出たのか。

 

がざがざがざ! 茂みが揺れた。

 

「やっぱりいるんだ! 俺を狙ってるんだ! 絶対に茂みの後ろにいるんだ!」

 

「誰が!?」Uが問いただす。

 

Nが走り出した。

 

Uも慌てて、そのあとを追った。

 

俺は傷の痛みと恐怖とで立つこともままならなくて、尻餅をついていた。

 

そういえば、昔この森には祠があり、怪異が閉じ込められていたと祖母から聞いたことがあった。

 

茂みは静かになった。

 

それから葉っぱをかき分けて誰かが出てくるということもなかった。

 

俺は全身に汗をかきながら、手に絡みついた二人の髪の毛を箱の中に押し込んだ。

 

家に帰りついたのは夕方だった。箱をベットの上に放り投げ、俺は夕飯も食べることなく、泥沼に沈むように眠りに落ちていた。

 

次の日、やたらと外が騒がしいと思って外にでると、家の前を幾人もの人が歩いていた。俺はとある夫婦の会話を耳にした。

 

「立て続けに子供が亡くなるなんてこりゃ祟りだよ」

 

「こら、滅多なことをいうもんじゃない」

 

俺もそのあとをついていくと、Nの家が見えた。

 

パトカーが何台も群がりそれらを囲むように人だかりができていた。

 

瞬間悟った。

 

Nが死んだ。俺は言葉にできなかった。ただ茫然とそこにいるだけだった。

 

「おい!」

 

Uが俺の肩をつかんだ。

 

「Nのやつ、もしかしたら昨日の奴に」

 

ひどく脅えていた。だが俺はこいつと話す気もおきず、踵をかえした。

 

「おいお前も体験しただろ! 次は俺たちが同じ目にあうかもしれないんだぞ」

 

俺は無視して歩き続けた。Uが追いかけてきて腕を掴む。

 

「俺は死にたくない」俺は我慢できずにいった。

 

「そんなの知らない、少なくともお前は俺にそんなこという資格なんてない」

 

俺はまた殴られるかと覚悟したが、Uは下を向いたまま動かなかった。

 

俺は足早に家に戻った。塀の入り口が見えたところで俺は止まった。

 

黒い犬がいた。昨日よりも近い。改めてその大きさに鳥肌がたった。じっとこちらを見ている。

 

俺はなるべく目を合わせないように裏口から入ろうかと考えていると、その犬が笑ったように見えた。

 

いま思えば錯覚だったのかもしれないが、そのように見えたのだ。

 

すると、家のほうから祖母の悲鳴があがった。俺は即座に駆けだそうとする。

 

黒い犬は俺が動き出したと同時に、お尻をむけて歩き出した。

 

俺は横目でそれを見ながら、家に駆けこむ。

 

何か事故があったのかもしれない。最悪救急車を呼ぶ必要も念頭においた。

 

「ばあちゃん!」俺は玄関を開けて叫んだ。

 

だが、誰の返事もなかった。居間の扉を開けた。もぬけのからだった。

 

俺は訊き間違いかなと息を吐きだした直後、真横から知らない老婆が四つん這いで出てきた。

 

鳥肌とともに飛び上がった。

 

しかしよく見れば、祖母だった。

 

背中をさらけだした状態の祖母を見たことがなかったので判別できなかったのだ。

 

俺は今更ながらそのあともぴんぴんしていた祖母の手足と腰の頑丈さに感心するばかりだ。

 

現在は他界し享年九十歳の全てがつまった骨壷はお寺に納骨してある。

 

そして首だけが動き、見開かれた眼が俺を捉えた。震えながら、「また邪気が来ておった! しかも闇を必要としないモノじゃ……」と呟いた。

 

祖母は震えながら、奥の部屋に向かって、また戻ってくると、俺にお札を渡した。

 

「身を守ってくれる札だ。持っておけ」

 

俺も不気味な現象を体験していたので、幾分心強く感じた。

 

その晩、俺はベットに横たわって、これまでのことを思い返していた。あの少女にもう一度会って、この箱を返そうと思った。

 

俺の手にはよほど手におえないとわかったからだ。

 

それに森で感じた気配、ただならぬモノがうろついていることは確かだ。

 

あれがTとNを殺したのだろうか。

 

俺はその箱が異形のモノを操っているように思えて手元においておくのが怖くなった。だが、俺は現在この箱の持ち主だ。呪いを受けているのはUたち。

 

だったらあの変なものは俺のところにはこないということになる。

 

俺は息をはいて目を瞑った。今日もすぐに眠れると思った。その時だった。

 

「コンコン」

 

突如、窓が叩かれた。

 

誰だ。ここは二階のはずだ。俺の背筋に悪寒が走る。

 

Uが石でも投げているのかと思ったが、確かに人間の拳でノックした音だった。

 

窓にはカーテンがしかれていて、向こう側は見えない。俺は確かめる気にもなれず、布団をかぶった。

 

「うっうぅ」

 

うめき声が聞こえた。

 

昨日茂みからした声と同じだった。俺はさらに強く瞼を閉じる。

 

ドンドンドンドン!

 

ノックが激しくなった。

 

俺はますます震えて、耳を塞いだ。何故俺のところへ? 箱は俺が持っていて、呪った相手はUたちだ。

 

髪の毛もいれた。瞬間、俺はここで思い至った。

 

昨日、喧嘩の最中、俺の髪の毛も引っ張られた。

 

そのとき、痛みに堪えかねて頭をなでたとき、一緒に自分の髪も手について、そのまま箱に入れた可能性があったのだ。

 

あの時、えらく動転していたからちゃんと確認していなかった。

 

俺は血の気がひいた。

 

しばらくするとうめき声もノックの音も止んだ。

 

俺は一先ず安心して、汗だくになりながらも、箱を持った。

 

蓋を開けようとするが開かなかった。息を飲む。

 

「まずい」

 

俺も呪われてしまった。

 

少女に取り消してもらわなければならない。この箱を持っていたのだから、その対処法ももしかしたら知っているかもしれないからだ。

 

最悪祖母にいって怒られるのを覚悟に、お寺へ相談しにいくしかないだろう。

 

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

俺は飛び上がった。窓の外から大音量で不気味なうめき声が俺の部屋中に響いた。

 

俺はお札を何枚も壁に張った。今まで忘れていたことを悔やんだ。

 

再び布団に潜り込むと、ただ朝がくるのを待った。

 

そしていつのまにか、俺は眠ってしまっていた。

 

朝、思い切ってカーテンを開けた。

 

そこには何もなく、田んぼの景色が広がっているだけだった。

 

お札は剥がれ落ちていた。

 

よく見ると、お札の表面が真っ黒に塗りつぶされていた。俺はこの日、部屋から一歩も出ることなく夕方まで過ごした。

 

Uが死んだという知らせはない。俺のところに奴が来ていたからだと思った。

 

お札のおかげで助かったのだ。

 

あの少女に会うには、最初のように逢魔時がいいと思った。

 

森に入ること自体恐ろしかったが、自分の命がかかっていると思うと気にならなかった。

 

そして十六時をまわったころ、俺は忍び足で家を抜け出し、森へ入った。

 

だが、いくら探せど、彼女は見つからなかった。

 

粘土が大木に打ちつけられているのが残っていて、俺はすぐさまそれを壊した。

 

俺はいい加減歩き疲れて森を出た。

 

落ち込みながら歩く俺は、入り口で再び黒い犬を見た。呼吸をしている様子はない。

 

やはり鳥肌が立つ。俺は下を向いて進む。

 

家に入る前に、俺は少しだけ振り返ってみた。

 

犬はすでにそこにはいなかった。

 

このままでは本当に殺されると思い、俺は意を決して祖母に相談しようと思った。

 

まだお札もあるから時間もあるだろう。居間に行くと、祖母が蹲っていた。

 

「どうしたのばあちゃん」

 

「……」

 

祖母は無言だった。

 

「俺、助けてほしいことがあるんだ!」

 

「む、無理じゃ、ワシにはどうにもならん。お前も逃げろ。邪気が消えんのじゃ。鬼もおる。お札はまだあるじゃろう? だからそれを持って逃げろ」

 

祖母はそれを繰り返しいうだけで、俺の話に耳を傾けていなかった。

 

逃げられることならそうしたいが、呪詛返しのように奴らは必ず追ってくるだろう。

 

呪いを絶たなければ意味はない。

 

時刻は十八時になる。じきに日が落ちて夜になる。

 

そうすればまた奴がやってくる。

 

今日はUのところへ行くのだろうか。だが、一匹だけとも限らない。俺はとにかく今夜は奴が簡単に入れないようなところで寝ようと思った。

 

俺の部屋だと幾分心細かった。

 

 

俺は一人、庭にある倉にいった。

 

窓もなく、頑丈な鍵で施錠できる鉄製の扉があるのだ。

 

俺は中に入り、人一人分横になれるスペースを見つけた。溜まっていた埃を履き、その上に新聞紙やタオルケットを敷いた。

 

台所の棚から持ってきたろうそくを何本か用意する。

 

倉の中には木の棒やクワなど武器になるものも保管されていた。

 

俺はさらに必要になるものがないか探っていると、頭部に衝撃が走った。

 

足元に一冊の分厚い本が落ちていた。

 

俺が手を伸ばした先に、数冊の本が並べられている棚があってそこから落下したらしい。俺は手に取って見た。表紙には何も書かれていない。

 

めくってみると舞い上がった埃ごしに、不気味なイラストと魔法陣が書かれていた。

 

文字はかすれて読みにくかったが、祓うという文字を発見した。

 

俺は黒魔術的な何かだと思った。

 

ネットで呪いのやり方を調べているときに黒魔術も調べていたのだ。魔法陣もその時に見たものと似ている。

 

呪いが本当に存在したのなら、黒魔術もしかりだと俺は直感した。幸い、その本は全頁俺にもわかる言語で書かれていた。

 

魔法陣の書き方や準備のしかたが回りくどい文章で書きつづってある。

 

俺は、お札の他にも心強いアイテムが欲しかった。だから本の手順を踏んで魔法陣を描こうと決めた。

 

材料は至極単純で、集めるのも簡単だった(手順はあえて省かせてもらう)

 

俺は赤いペンを持ってきて(本当は異なる)本に書かれている通りに円陣を描く。これで、奴を祓うことができるのかわからないが、お札も扉に貼ってあり心強くはなった。

 

俺はもう一度読み返していると、飛ばしていた項があることに気付いた。

 

道具が一つ足りないことになる。

 

刃物だった。

 

俺は包丁を思いついたが、台所まで取りに行かなければならない。

 

腕時計をみると二十時を過ぎていた。作業している間に結構時間がかかってしまったようだった。

 

持ってきたおにぎりも食べ終えている。

 

昨日ノックされたのは二十二時過ぎだ。だからまだ大丈夫だろうと俺は取りに行くことに決めた。

 

扉に近づき、錠を開けようとしたその時だった。

 

小石が散らばる地面と靴底がすれ違う、僅かなジャリという音が聞こえた。

 

祖母ではない。

 

奴が来たんだと直感した。扉の前を行ったり来たりしているのがわかる。

 

包丁は諦めるしかないようだ。

 

お札も貼ってあるから、中に入ることはできないだろう。

 

俺はしばらくその何かをひきづるような音を聞いた。ふと、静寂が降りてくる。

 

俺は昨日のこともあってすぐには警戒を解かない。

あの心臓を鷲掴みにするようなうめき声に備えるように耳を塞ぐ。

 

そうして長い時間が経った。

 

続きはコチラから(鬼伝説の山②)どうぞ