怪文庫

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邪が着るもの

地元に伝わる迷信もバカにしたモンじゃないと、そんな体験談です。

 

友人…Tはとある地方から上京して商社で働いてたヤツなんですけど。勤勉で真面目、困ってる他人を放っとけない性格だったんで、上司からは可愛がられて同僚や後輩には頼られる、そんな人柄だったんです。

 

そいつがある日、帰り道にある茂みに何かが落ちてたのを見つけたんですって。


近づいてよく見ると、作業着だったんですよね。薄緑色で上下繋がってるタイプの。作業着の袖や裾からは作業用の手袋と鉄板が入った安全靴が伸びていました。


マネキンか何かかな、確かにこの近場に建設工事をしてる現場があったけど、そこの作業員が着てるのと同じデザインだったかなぁ。Tはそんなことを考えて、少し迷いましたが触るのもなぁと思いそのままにしたんですって。

 

 

道端に誰かが落としていった物をガードレールの上とかの見つけやすい場所に置いてあるのって、見たことありません?

 

ハンカチとかキーホルダーとかならそうしたけどマネキンはさすがにな、でも元の持ち主が取りにきたらいいなと思いながらTはその場を後にしたそうです。

 

その後Tは帰路についたんですけど、住宅街を抜けて街灯が無くなった頃にですね、背後から足音がしたんですって。


ゴツ、ゴツ、って、中々に重量感がありそうな靴がコンクリートを踏む音。

 

大人の男性だろうその足音は、Tから離れずむしろ距離を狭める勢いの歩調で段々と近づいてくるんです。


T的には近辺の住民だろうと思ってたので特に警戒はせず、しかしこの一本道をずっと背後から追われるように来られるのも落ち着かないと思いまして。

 

ふと立ち止まって、道の脇にずれ、持っていた端末をいじるフリをして道を譲ろうとしたんです。

 

目線は端末に向いているので、背後から来ていた存在は見えてませんでした。

 

そうして追い抜かせて、姿が見えなくなってから自分も歩き出そうと思っていたんですが。

 

ゴツ、と足音が止まったんです。


あれ?と思ったTは、端末の向こうに安全靴がつま先をこちらに向けて立ってるのが見えて。


ゆっくり視点を上げると、薄緑色のズボン…と繋がった作業着、作業用の手袋が映り。


何か見覚えあるなと思ったTが顔を上げきると、そこにある光景に息を詰まらせました。

 

本来なら作業着の襟元から伸びているはずの首、そして顔面が、真っ黒だったんです。


…いや、語弊がありますね。

 

作業着の襟元の先には何も無く、首や頭があるはずのそこにはその後ろの真っ暗な背景がただただ広がっていました。

 

首無しで動く作業着を目の当たりにしたTは、近所迷惑なんて考える余裕もないまま渾身の悲鳴を上げ、弾かれるようにその場から駆けだしました。

 

むしろこの悲鳴を聞いて誰か近隣住民が駆けつけてくれたらよかったんですが、あいにく繁華街も住宅街も抜けて、田んぼしかない道を歩いていたもので。

 

Tにとっては絶望だったでしょうね。


足をもつれさせながら、二度三度転びながらも家に向かって走っていたTですが、後ろからは尚もゴツ、ゴツ、と足音が追ってきます。

 

これだけやかましく走っているのに、足音だけはやけに鮮明にTの耳に届いて、それが余計に非日常を思い知らされて、恐怖を助長させていました。

 

それでも何とかせねばとTは考えを巡らせ、ふと生まれ故郷に伝わる迷信のようなものを思い出しました。

 

母が語っていた、その故郷独特の妖怪のような存在についてです。

 

「死んで弔った人間の生前の衣服は棺に入れて全て燃やしなさい」


「形見で捨てられない気持ちもわかるけど残しておくと邪なモンが着て悪さをする」


「衣服を着て物足りなくなった邪なモンは次に生きた人間の皮を欲しがるから」


「持ち主と一緒に燃やすか、どうしても持っておきたかったら日の当たる場所に置いておきなさい」

 

死んだ人間の、生前の服を着て動き回る存在。


もし後ろから来てるのもソレと似たような存在なら、作業着の持ち主はもしかして…。


そこまで考えたTは今はこの状況を何とかせねばと考え直します。

 

首を振って、よく思い出す。確か…!

 

Tは端末を操作しカメラを起動させると、逃げる足を止め背後に向かって踵を返し。


その勢いのままに、強制発光させた最大出力のライトで迫る作業着を照らしました。


一瞬狼狽えたように身体をビクつかせた作業着は、本来なら顔のある…実際には何もない空間を庇うように手袋で覆い、一歩、一歩と後ずさりました。


そして中腰の状態で苦しむような様子で震えていた作業着は、ついに我慢できないとでも言うように安全靴を鳴らし、元来た方へ、明かりの無い真っ暗闇の方へふらつきながら戻っていきました。


一気に脱力したTはそのまま気絶してしまいたい気もしましたが、端末の充電が切れてライトが消えたらまた作業着が来るかもと思い、ガクガク震えている足腰を叱咤しながら何とか家に帰り着いたそうです。

 

翌日、Tはいつの間に撮ったのか、端末に残っていた首無し作業着の画像を見つけ「夢ではなかったのか…」と頭を抱えました。

 

が、地元の迷信を教えてくれていた母のおかげで昨晩は助かったのだと、ひとまずお礼を言おうと実家の母に電話を入れたんですね。

 

電話に出た母に昨晩のことを説明して、ありがとうと、伝えたそうです。


しかしTの話を全て聞き終えたTの母は、「あー…」とか、「うー…」とか、唸るばかりで何か様子がおかしい。

 

言うべきか否か迷ってるような、そんな様子。

 

Tが急かさず待っていると、Tの母は意を決したように話し出しました。

 

「その迷信、邪なモンが日や明るい光が苦手なのは同じなんだけど、元々はちょっと違っていて」


「みんな、子どもに言い聞かせる時には表現をマイルドにしてるんだけど」

 

「邪なモンはね、死者の衣服を着るんじゃなくて、死者の皮を被るのよ」

 

「昔はね、よくあったの。死体を弔わずに形見として蔵に隠して置いておくってことが」


「だから燃やせと言われているの。衣服を一緒に燃やせと言えば、必然死体も燃やすでしょ」


「…それで、もし、貴方が昨日の夜遭遇したのが邪なモンなら、」

 

「作業着の下に、”中身”があったってことよ」

 

その日の夕方のニュースで、近所の建設工事現場から男性の遺体が発見されたと報道されました。


夜遅くまで現場のメンテナンスをしていた作業員が、足場の崩落に巻き込まれたと。


頭部は降ってきた鉄骨に挟まれ原形なく粉砕、首から下の胴体は崩落の衝撃で吹き飛ばされ、近くの茂みに転がっているのが見つかったそうです。

 

今、Tですか?元気にしてますよ。


そりゃしばらくは狙われて追いかけまわされたんで怯えてもいましたし、何よりあの時茂みの中に倒れていたのは…と思い至って心底気が滅入った様子でしたが。

 

こうして体験談として話してくれる程度には回復したようで喜ばしいことです。


だから皆さんもね、たかが迷信だと足蹴にしないで、片隅程度でも思いとどめておくと良いですよ。皆さんの前にも、邪なモンが現れないとは限らないんですから。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter