私の祖父は関東の山間の小さな集落に暮らしていました。
その祖父が住んでいた集落には、山の上に小さな神社があり、その神社は村の人でも滅多に行かないような場所でした。
ただ、その山の上にひっそりと立つ神社には一つだけ奇妙な決まりことがありました。
行きと帰りで別の道を通らなければならないというものです。
行きは神社の手前の参道を通り、帰りは神社の裏手側ある参道を通るか、反対に神社の裏手の参道から行き、表側の参道を通るって帰るかというものです。
ただ、決して行きと帰りで同じ道を通っては行けないのです。
祖父からその話を聞いたとき、なぜそんな決まりがあるのか私は不思議でしょうがありませんでした。
ただ、幼かった私はその神社に興味を惹かれ一度見てみたいとは思っていました。
その話を聞いた年の夏休みに祖父の家を訪れたる機会がありました。
私はその話に出てきた奇妙な決まりのある神社に行ってみることにしたのです。
祖父の家からその神社がある山までは子どもの足で約20分ほどの距離でした。
その日は特に暑い日でしたので、神社のある山の麓につく頃には私は全身に汗をびっしょりとなっていました。
しかし、いざ山に足を一歩踏み入れてみると木が鬱蒼と生い茂っているおかげなのか、山の中はひんやりとしていて、全身に汗をかいていたせいもあるのでしょうが、その時の私には少し肌寒いと感じるほどでした。
神社はそこから30分ほど参道を登って行けばあるらしく、私は参道に入り神社を目指して歩き出しました。
山の中の道は薄暗く、子ども一人では少し怖いと感じる場所でした。
この山に来たことを少し後悔しながらも、私は歩き続けると、神社の鳥居が現れました。神社までたどり着いたのです。
神社は少し小さめの鳥居と社が一つあるだけのひどく寂しい場所でした。
あまり手入れをされていないせいか、神社自体も山と同様に木々が生い茂って薄暗く、気味が悪いと感じました。
子どもだったせいもあり、不謹慎にも「こんな場所に誰がお参りしに来るのだろう」と思ってしまいました。
たどり着いたのはいいものの、薄気味悪さのせいもあり、早く帰りたくなってしまった私は最後に神社を一周してから帰ることにしました。
神社の周りを時計回りに一周したところで特に何かがあるはずもなく、私は少しだけがっかりとした気分で帰ることにしたです。
ただ、神社を一周してみて気付いた事なのですが、神社の裏手側に人の通れる参道は無かったのです。
今思えば、木や草が生い茂っていたせいもあり、単純に私が見落としただけなのかもしれません。
ですが、その時の私は慌てました。
私は仕方なく、もと来た参道を通って帰ることにしたのです。
しかし、参道を30分ほど歩いても、なかなか山の麓にはつきかないのです。
私は道を間違えたのかと、怖くなりましたが、戻るのも怖く、そのまま進んで行くと、何とか山の麓に着きました。
私が山の麓についた頃には気付けば空は夕焼け色に染まっていました。
「良かった」と一安心したのも束の間、様子がおかしいことに気付いたのです。
確かに見覚えのある田んぼは広がっているのですが、山の麓にあったはずの民家が一軒も見当たらないのです。
私はやはり帰り道を間違えてしまったのだと思い、その場から引き返し、もう一度神社へと戻ることにしたのです。
かなり慌てていたのでしょう、今から神社へ戻ると完全に日が暮れてしまうことなど、その時の私には思いつきませんでした。
私は急いでもう一度神社へと山道を歩いて戻りました。
神社の鳥居を潜り抜け、空を見上げたとき木々の隙間から見える空は青かったのです。
つまり、日は暮れていない。
私は訳がわからず怖くなり、走って再び山道を下りました。
どの道を通って帰ったかは覚えてはいません。
帰ってからあの神社の奇妙な決まりのことについて母に尋ねると
「神社に続いている山道は狭くて危ないのから他の参拝者とぶつからないための決まりだろう」ということです。
まだ、幼かった私は納得していましたが、よく考えれば少しおかしいのです。※他の参拝者とぶつからないようにするのならば、行きと帰りで決まった道を通っても同じではありませんか…。
もしかすると、あの神社へと続く参道はどこかの異界へとつながっているのかもしれません。
きっかけはわかりませんが、神社へと続く参道を行きと帰りで同じ道を通ろうとすると全く別の場所に出てしまうのでしょう。
だからあの神社の「神社に参拝するときは行きと帰りで、同じ道を通ってはいけない」という奇妙な決まりができたのではないでしょうか。
ただこれは私の想像に過ぎません。
その後、祖父が亡くなったこともあり、私はその神社を訪れてはいません。そのため、その神社が今どうなっているのか私にはわかりません。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)