怪文庫

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ロウ様

小学生の頃だったかな。父方の実家がある田舎に帰省した時、そこで体験した話。

 

そこはまあ絵に描いたようなというか、田んぼに畦道、山に囲まれて小川が流れててっていう、皆が想像しやすいようなそんな田舎だった。

 

過疎化も進んでたから村というより集落といった規模で、民家も木造のヤツが点々とあって、住んでるジジババみんな顔見知り。

 

「麓の家(父の実家)の倅かぁ!」って可愛がられて、よく饅頭やらおやつやらもらってた。

 

普段過ごす分だとすごく長閑で、自然の中には遊ぶ場所もたくさんあって、私はこの帰省を毎度楽しんでた。

 

小川に釣りに行ったり、祖父について行って山で山菜採りなんかもした。

 

同年代の子がいないのは少し寂しかったけど、楽しさの方が上回ってた。

 

ただ、父の実家というかその集落全体というか、そこには1個だけ決め事があった。

 

「14日の夜0時以降、寝室から出てはいけない」

 

変なの、と子ども心ながらには思ってた。でもあまり深くは追及しなかった。

 

どうせ日中遊びまくって疲れて夜は9時くらいにはもう寝てたし。関係ないと思ってた。

 

深く考えなかったから、この決め事を言う時大人達がどれだけ真剣な表情をしていたかも気付かなかった。

 

あの日も、明日はどこで遊ぼうかなんて考えながら10時前くらいには布団に入ってた。

 

いつもなら寝てしまえば朝のラジオ体操の時間まで起きないんだけど、その日は目が覚めた。何でだったか…ああ、そうだ、廊下を走る音が聞こえてきたんだ。

 

実家の寝室は襖と障子で区切られた結構大きい和室の大広間で、下半分だけ磨りガラスになってる障子の向こうをバタバタと走る足の影が見えた。

 

時計は深夜の1時半。決め事を守るなら寝室からは出ちゃいけない時間。

 

でもさ、夜中に目覚めると何でかトイレ行きたくなるじゃん?

 

「ダメ」って言われるとなおさらなんだけど、その時の私も無性に催してきて、決め事は頭に浮かんだけど廊下に出る障子に手をかけた。

 

バタバタ走り回ってた大人達はどこかへ行ったのか、姿はなくって辺りはシン…と静まり返ってた。

 

足元を見ると白くて細かい粉みたいなのが部屋の入口前に盛られてて、部屋の外に出た痕跡を残すと怒られると思って粉を踏まないように足を運んだ。

 

トイレに向かって用を足すまでは特に何も起こらなかった。このまま寝室に帰ればミッション達成!なんて脳内で笑ってたんだけど、

 

ふと、中庭が明るいのに気付いた。

 

明かりがあるってことは誰かがいるということ。ほぼ100%の確立で大人だろう。見つかってはいけない、大人。

 

近づかないのが懸命だと考えて踵を返した、その時。

 

「見て行かんの?」

 

振り返った目と鼻の先に、何かが存在していた。

 

とっさに口を押さえたから悲鳴は上げなかったけど、内心は心臓飛び出るんじゃないかってくらい驚いた。

 

背丈は当時の私と同じくらい、一般の小学生くらいだな。

 

でもそれは人の形をしていなかった。

 

どろどろの粘土を盛り上げて固めたみたいな、ヘドロみたいなフォルムで、全身(?)には1万円札くらいの大きさの長方形の紙がベタベタ貼ってあった。

 

札と札の間からギョロリとした目がこちらを射貫き、ガパッと開いた口が再度「見に行かんの?」と発した。

 

声は変声期の来てない男の子の声質で、でもしゃがれてるというか、風邪引いて喉を潰してる時みたいな聞いてて「喋るの辛そう」と思う声だった。

 

そんな、明らかに人間じゃない風貌の存在がズルリと音を立てながら一歩分近づいてきた。後退るのは何とか我慢した。

 

一歩下がれば、中庭にいるだろう大人達に見つかる。

 

漠然と「この存在と言葉を交わしていいのか」と迷い、沈黙を貫いた。

 

「中庭を見に行かないのか」という目前のヘドロの問いには首を横に振ることで「行かない」意思表示をした。

 

「何で?」

 

ヘドロの塊のようなものは、目と口と思しきものがついてる部分をズルリと音を立てて傾けた。

 

あの部分が顔なら、コテンと首を傾げたような感じか。と現実逃避に似た思考回路で考えた。

 

実際は足はその場で踏ん張るのが精一杯、手も口を押さえるので精一杯で、全身ガクガク震えてた。

 

悶々考えてると「こわいの?」とあのしゃがれたような声。

 

正直この状況の方が怖いが、中庭にいる大人達に対しても恐怖の気持ちはあるから嘘ではない。

 

怖い、という意思表示のため1回だけ頷いた。

 

なーんだ、とがっかりするような声。

 

「あそこでな、燃やしてんねん」

 

あそことは中庭か、燃やしてるのは何か。ヘドロが喋るかとも思ったけどそれに関しては何も言わず。

 

続いて「なぁ」と声。

 

「ワシ、腹が減ってるんやけど」

 

口と思しき裂け目がグチャリと歪んだ。ズリ、と引きずるように一歩分、前へ。

 

今度こそ踏ん張れないってくらい足が震えた。

 

でもここでへたり込んだら頭から食われる!と思ったので何とか留まった。

 

で、ポケットからあるものを取り出して目前のヘドロの顔部分に突きつけた。

 

「ひ…昼間、お、おばちゃんたちから、も、もらった、ヤツ…こ、これあげる…から…」

 

寝ている時にポケットに入っていたためか、少し潰れてしまってるけど饅頭だ。

 

ヘドロはしばらく沈黙してたけど、細いヘドロが右腕みたいに饅頭の下まで伸びてきて、何とか指を開かせて落とした饅頭を受け止めた。

 

「ふーん、まあ、ええよ、これで」

 

それを聞いた瞬間腰が砕けるように尻もちをついて倒れ込んで、同じタイミングでヘドロは消えて廊下の奥から大人が私の名前を呼びながら走ってきた。

 

それから記憶が曖昧だ。

 

あの後多分大人に担がれて寝室に戻ったと思うけど、次に意識がハッキリした時には夜が明けてて、私は熱を出して布団から起き上がれなくなっていた。

 

大人達が何かを話していて、「ロウ様」「見つかった」「何故無事」「しばらくここには近づけない方がいい」という言葉だけ聞き取った。

 

集落には診療所も無くて、近くの市街の病院に運ぶために実家を後にして以降、しばらく父は帰省に私を連れて行かなかった。

 

久しぶりに帰省について行ったのは高校生になってからだったが、そこで初めて大人達の夜の中庭の集いに参加した。

 

中庭では、蠟でできた人形に札をベタベタ貼ったモノを「ロウ様」と呼び、火にくべて燃やしていた。

 

ロウ様については大人達は詳しく教えてくれなかった。

 

ただこうして、14日の夜に、札を貼った蠟人形を麓の家の中庭で燃やす風習が昔からあるのだとだけ聞いた。

 

あの日の夜、廊下で会ったヘドロは蠟でできた身体が火の熱で溶けていくようでもあったな、とぼんやり思い出し、私はロウ様と対面していたのだと確信した。

 

饅頭が無ければ私は食われていたとも思った。でなければ、わざわざ決め事を作ってまで白い粉…盛り塩で囲った部屋に私を入れておかないだろう。

 

ロウ様に饅頭を渡した。

 

ロウ様の空腹を満たした事は果たして良い行為だったのだろうか。

 

かつて集落内にあった民家が全て潰れ、住民も蝋人形を燃やす者もいなくなった今となっては、知る方法はない。

 

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