私が交通事故により、とある病院に入院していたときの話です。
健康だけが取り柄の私は、交通事故に遭うまで一度も入院などしたことがありませんでした。ですから、初めての入院に正直ワクワクしていたのです。
入院して数日経った頃、私は夜中に喉が乾き目を覚ましました。時計を見ると時計の針は深夜2時をさしています。
病室のベッドの横には備え付けの棚が置いてあり、私はその中にペットボトル飲料をいつも入れていました。
喉が乾いた時はその棚から出して飲んでいたのです。何時もの様に飲み物を取ろうと棚の中に手を伸ばしました。
「あれ? ない」
棚の中にはペットボトル飲料がありません。私は昼間に飲み物を切らした事をすっかり忘れていたのです。
私は、諦めてもう一度眠ることにしました。
私のフロアには自動販売機がなく、飲み物を買いに行くにはエレベーターに乗って私のいる5階から自動販売機のある3階のフロアまで行かなければならないのです。
私が入院している病室は大部屋、眠っている他の人たちを起こしてしまうかもしれないと思ったのです。
しかし、なかなか寝付けず、結局私は3階のフロアまで飲み物を買いに行くことにしました。
どこの病院も同じかもしれませんが、私が入院している病院は特に古い病院で、明かりの少ない夜中に歩き回るには正直不気味でした。
入院していると、「○○○号室には幽霊がでる」「夜中に幽霊看護師がストレッチャーを押して歩いている」などチラホラと怪談話も聞こえてきます。
昼間には何とも思わないのですが、こんな夜中に病院内を歩いていると、その怪談話が頭を過り、背筋が寒くなりました。
「早く買って戻ろう!」
私はそう思うと早足で病院内の廊下を歩きました。
私の病室は5階フロアの一番奥にあります。フロアの中心にあるエレベーターに行くには病室から少し歩く必要があるのですが、その道程だけでも長く感じます。
3階のフロアまでエレベーターで降りれば、自動販売機はすぐ目の前にあります。
「そこまで行ってすぐ帰ればいい」そう思いながら私は病院内を早足進みました。
「故障中」
しかし、エレベーターを降りて真っ先に目についたのはそんな文字でした。
どうやら、エレベーター前の自動販売機は故障中で使用することができないようです。エレベーターの前の自動販売機はこの一台しかありません。
幸い3階のフロアには給湯室もあるので、そちらに行けば他の自動販売機もあります。
ガッカリしながら、「ここまで来たのだから飲み物は買って戻ろう」と、私は給湯室まで行くことにしました。
給湯室につくと、自動販売機の明かりが見えます。
こちらの自動販売機は故障しておらずきちんと使用できるようです。私はホッとしながら、自動販売機で飲み物を買って戻ろうとしました。
その時ふと、私は物音に気付きました。
何処からかカラカラと音がするのです。
何かの台を押している様な音です。「夜中に幽霊看護師がストレッチャーを押して歩き回っている」という例の怪談話が頭を過り、私はぶるりと身を震わせました。
しかし、ここは病院です。容態が急変した患者がいればストレッチャーを押して移動することもあるでしょう。
なんとなくですが、私は、そっと物陰に隠れて様子を伺いました。
遠くからストレッチャーを押して歩く看護師の姿が見えました。
ただ、奇妙なのは乗せていると思しき患者にはすっぽりと頭まで白い布を被せられている点です。
恐らく、亡くなった患者さんだったのでしょう。
私は急いで、エレベーターに乗って病室に戻ろうとしました。
しかし、ボタンを押しても一向に3階につく気配がありません。そうしている間に再びカラカラという音が聞こえてきました。
私は不気味に思い、誰か人のいる所へと行こうとナースセンターに向かいました。
出払っているのか、ナースセンターには誰もいません。
私は別の階のナースセンターに行って見ることにして、階段をのぼりました。
階段の天井付近にある「4F」と書かれた文字の点滅が嫌に不気味に感じます。
階段をのぼった階はガランとしていました。心なしか他の階よりもさらに暗くひっそりとしている感じました。
私は5階の病室と診察室、3階の給湯室などしか行った事はありませんでしたので、4階のナースセンターがある場所は知りません。
ですが、病院の病室の配置はどの階も同じ、この辺りだろうという場所まで向かっていました。
すると、また、カラカラと後ろからあのストレッチャーを押す音が聞こえるのです。
流石に怖くなった私は、早足でナースセンターに向かいました。
なかなか、ナースセンターに着かない事に焦りましたが、エレベーターのある辺りから光が漏れている事に気が付きました。
どうやらこの階にエレベーターが止まっていた様です。
私はエレベーターに乗り込むと病室に戻りました。
翌日、私は昨夜の出来事を看護師さんに話しました。
ですが、看護師さんは取り合ってくれません。
なぜなら、この病院には「4階がない」のです。この病院は3階の上の階を5階としていた為に、4階は存在しなかったのです。
私は夜中にエレベーターに乗っている間に異世界へと入り込んでいたのかもしれません。
私はそれから退院するまでの間、決して夜中にエレベーターに乗りませんでした。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)