「置き傘回収?なんだよそれ」
「俺も聞いた噂なんだけどさ、雨の日に濡れたくなくて置きっぱなしにされてた傘持って帰っちまった人がいなくなるってやつ」
昼休み友人のヒデがパンを齧りなが話してきた。
なんでも置き傘を持ち帰った人が数日の内に行方不明になるらしい。
いなくなる数日前から不気味な気配がすると訴えていたとかいないとか。
その辺は酷く曖昧になっていて、よくある作り話だと俺は話半分に聞いている間に貴重な昼休みは終わりを告げた。
「やべ、止むどころか酷くなってんじゃん。」
学校を出るときは小雨だった雨もコンビニで雨宿りという名の買い物をしてる間に運の悪いことに本降りになっていた。
まさにバケツをひっくり返したような雨、俺は電車通学なのでこのまま行くと駅に着くまでに頭から足先までずぶ濡れだ。
流石に濡れたままで電車に乗るのは他の乗客に迷惑が掛かるし、何より俺自身が嫌だ。
暫く店先で待ってみたが止む気配どころか弱まる気配もない。
どうしたものかと悩む俺の視界に傘立てが目に入る。
そこには一本の傘が置かれていた、しかし店内に客はいない、加えてこれを使えば濡れずに済む…
悩んだのは数分間もっとか、後でちゃんと返しに来ればいいかと自分に言い訳をして傘立てから傘を抜き取った。
これが、最悪の選択だった。
ある日、夜中に喉の乾きで目が覚めてしまいキッチンでお茶を飲んでいたとき、不意にインターホンが鳴った。
キッチンに置かれた時計の時刻は深夜1時、人が訪ねてくる時間ではない。
訝しさと無気味さに恐る恐るモニターを確認する。
「…誰もいない…」
玄関先を映すモニターは真っ暗なだけで誰も立ってはいなかった。
どこか背筋が凍る思いがした俺はさっさと事実に戻り布団を被った。
翌日から不気味な体験が立て続くようになった。
ある時は背後から着けられているような気配。
ある時は家の電話が鳴って出ると無言。
ある時は最初のようなインターホンを鳴らされる。
そうして、その度に不気味な気配が色濃くなっていくのを感じていた俺は一人で考え込むとどんどん深みにはまっていきそうで友人のヒデや家族にも相談してみた。
だが、いたずらか気のせいだろうと結論付けられてしまい、俺自身もそうであって欲しいという思いから曖昧に笑って無理矢理納得していた。
日常が変わった原因も分からぬまま過ごすある日、部活で帰りが遅くなった俺は暗くなった道を最寄り駅から自宅へと向かい歩いていた。
やはり背後には何かの気配を感じる。
走り出したい衝動に駆られながらも、恐怖から足はもつれて歩くので精一杯だった。
「角を曲がれば家に着く」
視界の先の曲がり角、曲がって直ぐが自宅。
焦る気持ちで角を曲がると街頭が等間隔で並ぶ住宅街、変な汗をかきながらも数軒通り過ぎると漸く自宅へと着いた。
玄関ドアの鍵を開けたことで安心した俺は明らかな安堵の息を吐く。
ドアを開けようとしたその時
トン…
肩を叩かれた。
俺は驚きに息を詰める。
肩に触れられたままの感触は消えていない。
恐る恐る振り向く。
視界が捉えたのは一面の黒、耳に聞こえた声は酷くしゃがれていた。
俺の記憶はそこで途切れた。
「傘、返して…」
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「ねえ、置き傘回収って話し知ってる?」
「置き傘回収?」
「そう、置きっぱなしにしてある傘を持って帰ると数日の内に持ち主が取りに来るんだって」
「マジ?」
「マジマジ。しかも、勝手に持っていったからってその人も一緒に回収されちゃうんだって」
「えー、それって都市伝説的な?」
「友達の友達の友達の話ってやつね。本当に行方不明らしいよ」
「ちょっと、私そういう話し苦手だって言ったじゃん」
「大丈夫!雨降ってても置き傘を勝手に持って帰らなきゃいいんだもの」
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)