怪文庫

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○×様の岩

あれは、私が大学生の頃の話です。


夏休みも終わりに近付き、ダラダラ過ごしていた毎日に刺激が欲しくなったのでしょう、友人のTが「週末に何人かで旅行行かない?」と誘ってきたんです。


バイトでお金に余裕もあったので私は二つ返事で誘いに乗りました。

 

週末に友人3人と訪れたのはN県M市。


夏も終わりが近いとはいえ温泉旅館の立ち並ぶ人気観光地だったので、良さげな宿はどこも満室。


バイトで多少ため込んだとはいえ予算も限られていたので、温泉街からは少し離れた民宿に泊まる事にしました。


値段の割に料理も豪華で部屋も綺麗、お風呂は正直それほど広くありませんでしたが、とても良い宿でした。


たまたま離れのような部屋が取れたので、お酒やお菓子を持ち込んで遅くまでワイワイやっていたんです。


0時を回った辺りで、Tともう一人が「酔い覚ましに外散歩しない?」と言いました。


皆だいぶ飲んでいましたし、そこそこ涼しい夜だったので4人連れ立って外に出ました。


晴れて、星のよく見える、とても良い夜でした。


近くの田んぼには蛍も飛んでいて、旅先の解放感もあって、散歩をしながら歌を歌ったり、ふざけて踊ったりして、とても盛り上がっていたんです。


しばらく歩いていると、Tが用水路の近くに不思議な形をした岩を見つけたんです。


丸みを帯びた「大きな人の顔」のような形で、何もない田んぼ路にポツンとあるんです。


怪談が好きなTが

 

「田舎って畑の近くにこういう岩あるじゃん?これなんでかって、理由が二つあるらしくて。一つは、単純に大きい場合ね。そんなに大きく見えない岩でも地下の部分は凄い大きくて、撤去するのが大変なパターン。で、もう一つが…。こういう何でもなさそうな岩が、その土地の神様を祀ってたり、悪霊を封じてたり、あと鎮魂?みたいな意味があるパターン。この岩はどっちでしょーか?」

 

とふざけると、

 

「おい、その究極の二択にすんのやめろよ!俺はとりあえず、祈っときまーす。」

 

とOが岩に向かって手を合わせました。


それに続いてなんとなく、みんな手を合わせて夜の散歩を終わらせ、宿に帰りました。


帰ってからも4人で飲み続け、全員が布団を敷くのも忘れて寝落ちしたのですが…。

 

翌朝起きると、私は布団で寝ていました。


誰かが途中で敷いたのか、それとも酔って自分で敷いたのか、記憶は定かではなかったのですが、「床で寝なくて良かったな」くらいに思っていたんです。


朝食の時間になってようやく全員が起きて、布団について聞いてみたんです。


するとみんな「布団を敷いた覚えはない」と言うんです。

 

 

全員が全員ベロベロに酔っていたわけではなかったので、不思議に思い女将さんに聞いたところ、「まさか、我々が勝手に客室に入る事はないですよ!」と言われました。


「あれじゃない?昨日の岩に手を合わせたから、『よしよし、敬意を示す者には布団を敷いたろ~』みたいな?」とTがふざけて言うと、

 

朝食の準備を終え部屋を去ろうとしていた女将さんが振り返り、

 

「それって○×様の岩ですか?5分くらい歩いた田んぼ路にある?」と聞いてきたんです。


「そうですけど、え?何かあるんですか?」と聞くと、女将さんは「○×の岩」と呼ばれる岩について話してくれました。

 

「昔、この地域の人々は飢饉で苦しんでいたそうなんです。


土地柄、干ばつや冷害はほとんどなかったそうですが、バッタが大量発生した年は作物のほとんどが食べ尽くされたそうです。


なんとかバッタによる被害を抑えようと、昔の人は土地神様を祀った岩に踊りと歌を奉納していたそうなんです。


それが「○×様の岩」で、

 

「皆さん岩の近くで歌われたとかありますかね?○×様が捧げられた歌や踊りに満足すると、良い事があるっていわれてるんですよ」

 

女将さんに昨夜酔って歌ったり踊ったりしたことを伝えると、女将さんは○×様について更に話してくれた。

 

「あ~あ、良かったですね~!でも、○×様には怖い面もあってですね、気に入った歌や踊りを自分以外に披露すると怒って祟られるらしいんです。もちろん、仲間内で歌ったり踊ったりするのとかは問題ないらしいんですけど、他の神様の前でやるのは駄目らしいですよ。

 

ちょっと前に自殺した歌手の△△さん、実はM市出身で、小さい頃はよく○×様の岩の前で歌ってたらしいんです。でもお仕事で余所の神社に歌の奉納されたみたいで、そこから急におかしくなったみたいなんですよ。皆さんは大丈夫ですか?」


「いや、さすがに歌の奉納とかはしないと思いますけど、僕ら音楽系の大学なんですけど、え、人前は大丈夫なんですかね?」とTが聞くと、


「大丈夫…だと思いますよ。それに、ただの迷信みたいなものですし。」と女将さんは答えた。


あれから十数年。


大学を卒業し、音楽関係企業の営業職についた私だが、○×様の話を一緒に聞いた3人の友人とは卒業後すっかり疎遠になってしまっていた。


就職先が遠かったのもあるが、私は元々プロになるつもりがなかったので、プロ志望の3人とは在学中から自然と距離が出来ていった。


プロ志望だったTは大手レーベルからデビューし、若者に人気のバンドでボーカルをやっていた。


他の二人は途中で挫折してしまったらしく、今は楽器店に就職している。

 

予定が合い、久しぶりにあの頃のように集まったが、会話は全く盛り上がらない。


酒ばかり進んでいたが、ふと○×様の岩の話題になった。


それまでぎこちなく、まとまりのない空気感だったが、全員が○×様を信じているし、神社や祠、教会の近くでは歌も踊りもしないという事で一致した。


そして今日は、Tの六回忌だ。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter