怪文庫

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押してはいけない

私の住んでいるアパートから徒歩3分ほどのところに、自動販売機スポットがある。


そこは広さ20畳くらいのスペースで、20台以上の様々な自動販売機が置かれている。


一番多いのはジュース類の自動販売機だが、カップラーメンなどの自動販売機もある。


国道沿いで、周囲には小さな商店が一軒あるだけの寂しい場所だ。


空調はついていないが屋根のある場所で、中学生や高校生が学校帰りなどに集まっている。


深夜に若者がたむろしていることも多く、遅い時間には近づかない方がいいような場所と近隣住民には認識されている。

 

その自販機集団の中に、特別な自販機がある。


ある一か所のボタンだけは、「押してもジュースが落ちてこない」という話だ。


そのボタンは下段の右隅。


元々はそのボタンの場所にもドリンクが設置されていたらしいが、何度押してもドリンクが落ちてこないのでその箇所だけドリンクを設置していないらしい。


だから、そのボタンの上にはドリンクが表示されていない。

 

これはそもそも故障しているのだから、自販機を交換しなければならないはずだが、なぜかいつまでたっても交換されない。


というのも、この自販機目当てでこのスポットを訪れる者がいるからだ。

 

この自販機の下段右隅のボタンは、「押してはいけないボタン」と言われている。


数年前、この何も落ちてこないボタンを押したせいで気が狂ってしまった少年がいるというのだ。


当時すでにこのボタンは「故障」しており、何も落ちてこない状態だった。


ある日、5人の少年がこのスポットにやってきた。


彼らの一人が、「ほんと、このボタンなんなんだろな!」と言いながらボタンを押した。


当然、何も落ちてこない。


2人目が、「このボタン無駄だよな!」と言いながら押した。


3人目が、「あるだけ無駄!」と言いながら押し、


4人目が、「意味あるならなんかしてみろや!」と言いながら押した。


その時、自販機コーナーの前を小さな猫が通りかかった。ボタンを押した4人は猫の方へ歩いて行き、自販機コーナーには5人目の少年だけが残った。


5人目の少年は、「お前はホントにダメダメなボタンだな」と言いながら下段右隅のボタンを押した。

 

「ギャー!!!」


外にいた4人の少年の耳に叫び声が届いた。


自販機コーナーに戻る4人。


自販機コーナーには、目をむき出しにしてブルブル震えている少年がいた。


「どうしたんだよ! 」


「おい、しっかりしろよ!」


4人はわけがわからず、震えている友人に声をかけていた。


しかし、震えている少年は友人の呼びかけには反応せず、目をむき出しにして震えながら何かをつぶやいているようだった。


「なんだかわかんないけど、こいつを家に帰さねーと」


4人の内の2人で少年を両側から支え、残る二人が5人分の荷物を持って、震えている少年を家まで送っていった。

 

少年が自宅に着くと母親が出てきた。


母親は4人に何があったのかを尋ねたが、4人は「知らない」「分からない」というだけだった。


とりあえず寝かせて様子をみることになった。

 

 

夜中になって、少年の家から4人の家に電話がかかってきた。


「すぐに来い!」とのことだった。


4人は自分の親を伴って少年の家へ行った。


夜中になっても少年は目をむき出しにして震えたままだった。


相変わらず聞き取れない声で何かをぶつぶつとつぶやいているようだった。


少年の親は、4人が少年をいじめたのではないかと考えたらしい。


ものすごくひどいいじめをしたせいで少年がこのようになってしまったのではないかと。


4人は当時の状況をありのままに説明した。何度も何度も。


少年の体にはぶたれたり打たれたりしたような傷跡もないこと、5人は古くからの幼馴染でとても仲が良かったこと、そして4人の話には嘘がないように感じられたことから親たちは「いじめではないのではないか」と思うようになった。

 

では、いったいなぜ少年はこのような姿になってしまったのだろうか。


4人の少年は言った。


「あのボタンのせいだ」と。

 

その後、この騒ぎが5人の通う学校で噂になった。

 

件の自販機スポットには中高生が大勢訪れた。


例のボタンを押す者、自販機の前で写真を撮る者…。


一種の観光スポットになったような有様だった。

 

多くの者たちが例のボタンを押すが、誰が押しても、何度押しても何も起きない。


相変わらず何も落ちてこない。

 

観光騒ぎも静まったある日曜日。


その日は朝から降り続く土砂降りのせいで外出をする人が少なく、自販機スポットには誰もいなかった。


そこへ例の噂を聞きつけた大学生5人のグループがやってきた。

 

「ここが例の自販機スポットでいいんだよな」


「なんか、結構いっぱいあるじゃん。どれか分かんねーよ」


「ジュースが一か所だけないやつらしいから探そうぜ」


学生たちは手分けをして件の自販機を探した。

 

「お? これじゃね?」


グループの一人が例の自販機を見つけた。


「おお、これが呪いの自販機か!」


「押してみよーぜ」


5人は代わる代わる何度もボタンを押してみた。


何も起こらない。

 

「なんだよ、何も起こらねーじゃん」


「つまんねー」


「もう帰ろうぜ」


5人の内4人が傘をして外へ出ようとした。


5人目の学生が、「俺はジュース買ってくわ」「ちょうど欲しかったし」と言って財布から小銭を取り出そうとした。


「早くしろよ」と言って4人は外へ出た。

 

「ギャー!!!」


外にいた4人の学生の耳に叫び声が届いた。

 

「え? 何?」


「どうしたんだよ!」


4人が自販機コーナーに戻ると5人目の学生が倒れていた。


目をむき出しにして、震えながら、何かをかすかな声で呟いていた。


この学生グループの事件の後、噂はただの好奇心から恐怖の色が濃いものに変わっていった。


一年もたたない間に二人の若者が狂ってしまったのだ。


原因は何なのか。

 

警察の捜査も入った。


このスポットのどこかに何らかの薬物が仕込まれているのではないか。


このスポットに何か異常があるのではないか。


しかし、警察では「特に異常なし」の報告が行われただけだった。

 

警察の「特に異常なし」にも関わらず、噂はどんどん広がっていく。


そして様々な憶測が飛び交った。


特に注目されたことは、2つの事件の類似点についてだ。

 

1つ、5人のグループで来たこと。


1つ、4人は外にいたこと。自販機コーナーに残っていたのは一人だったこと。


1つ、例のボタンを押していたこと。

 

2つの事件以来、面白半分で例のボタンを押す者は激減した。


しかし、怖いもの見たさで自販機スポットを訪れる者は後を絶たなかった。


時には度胸試しのようにボタンを押す者もいたが、一人の状態で押す者だけはいなかった。


古くからこの地域に住んでいる老人と話をする機会があり、こんな話を聞いた。


この国道は、江戸時代には街道だったらしい。


街道ではあったが近くに宿場も民家もないようなところで、曲がり道が多く見通しの悪い所だったそうだ。


人気がなく見通しも悪いことから盗賊がしばしば現れて、旅人を襲っていたそうだ。


金品を取られるだけでなく、殺されてしまった人もいたそうだ。

 

「ほれ、あそこにほこらがあるじゃろ」


「あれは殺された人があまりにも不憫で、この地域の人たちで葬ってやったそうじゃよ」


「なんでも、5人で旅をしていたら盗賊に襲われて、そのうちの4人は殺されたんじゃと」


「一人はなんとか逃げのびたということさ」


ほこらは長い年月、この道を見てきたのだろう。


何を思いながら行きかう人を見てきたのだろう。


私はほこらを見ながらそんなことを考えていた。


自販機スポットのすぐ脇にひっそりとたたずむほこらを見ながら。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter