怪文庫

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ガキジョウロウ

父方の祖父母の家の話です。

 

風習というか、仏教の教えの宗派の関係なのか、うちはお盆の時期は1日3食のお供え膳と、お盆最終日にお茶を何度も変える「お茶湯」を行うという習わしがあります。


祖父母の家は九州なので、同じようなことをしているご家庭もあるかもしれません。

 

1食3セット作るのですが、その内の一つだけ、お箸を付けずに仏壇におきます。


最初はもしかしてご先祖さんに小さい頃に亡くなってしまった人がいるのだろうか、と思ったのですが、聞いてみるとそもそもご先祖様用のご飯ではありませんでした。

 

「あれはね、ガキジョウロウさん用なんだよ」


「ガキジョウロウ?」


「地獄に落ちた人たちもお盆の時期は帰ってくるんだって。でね、そういう人たちはご先祖様のご飯を食べちゃうの。そうなるのを防ぐように、もう1個つくるのよ。お箸がないのはね、ガキジョウロウさんはお箸が使えないからなんですって」

 

ガキジョウロウ。恐らくですが漢字で書くなら「餓鬼精霊」かなと思います。


この漢字で検索すると「施餓鬼」というものがヒットするので、この呼び方の違いは地方の関係かなと思います。


聞いた私はそんな風習があったのかー、なんてのんきに思っていましたが、いつの間にか話の輪に入っていた祖父の言葉がとても怖かったのが記憶に残ってます。

 

「君たち(私と妹)はね、そんな事しないだろうからと言わなかったけど、ご先祖様の分はもちろん、ガキジョウロウさんの分は絶対食べちゃだめだよ。食べたら落とされちゃうからね」

 

”落とされちゃうからね”とは。


どこに落ちてしまうのか、聞きはしませんでしたが、何となく地獄に落ちる、だろうなと思いました。


祖父はそういう脅しをする人ではなく珍しかったので、鮮明に記憶に残っているんだと思います。


まぁ勿論もともと食べる気はなかったのですが。


食べようと思えば食べれるのかもしれませんが、夏の暑い最中置かれたご飯を食べずとも、「おなかすいた」と祖母にいえばお菓子やらなんやらぽいぽい出てくる環境でしたので、食べるという選択肢すらありませんでした。

 

そんなこんなでお盆の最終日。この日は他の親戚も集まっていました。

 

 

親戚の子供で3兄弟がいたのですが、上の子が小学一年生、下二人はまだ幼稚園と小さい子でした。

 

上の子からA、B、Cとします。

 

当時私は中学生でしたが、正直小さい子と遊ぶのはなかなかない機会なので、一緒にボール遊びをしたり絵本を読んだりしてとても楽しんでいました。


ただBがわんぱく盛りだったのです。私やAの言うことを聞かず、ボールを私やCに強く当ててきたり、絵本(表紙が硬いタイプ)の角で殴ってきたりなど乱暴な行動が目立った為、3兄弟のお母さんに助けを求めたところ、かなりきつく叱ってくれたのでした。

 

それから静かになったなとおもっていたら、お母さん曰く「泣きつかれて寝ちゃった」とのことで、安寧が訪れたなと安心したのでした。

 

冒頭で書いた通り、お盆最終日は「お茶湯」といって、何度も(確か49回だった気がします)変えるイベントがあります。


祖母も母も、この日は特に大宴会で忙しかったので、妹と私が取り替えていました。

 

予めセットしていたタイマーがなったので、仏壇の部屋へと向かいました。


ふすまで仕切られた隣の部屋にBがふて寝していたので、起こさないように神経ちょっとすり減らした記憶があります。


お茶を変えるとき、ふとお供え膳をみて違和感を感じました。

 

ご先祖様とガキジョウロウさんの膳の違いはお箸の有無だけで、メニュー自体は一緒です。


この時のメニューの一つに出汁を少し含ませたお麩があったのですが、3つずつお皿に盛られていたはずでした。


しかしガキジョウロウさんの分だけ2つなのです。


ただ夕食のお供え膳を置いたのは私ではなかったので、「お麩足りなかったのかなぁ」とぼんやり思ったのでした。

 

夜9時過ぎたころに親戚が帰りました。


結局Bは最後まで寝ていました。


お見送りして、お茶とご先祖さんの夕食下げないとなと仏間に向かおうとしたら、祖父が

 

「俺がもってくるからいいよ。貰ったケーキ、お母さんと食べな」

 

といってくれたので私はリビングに向かいました。


なんのケーキを食べようかなと思った矢先に、私の名前を祖父が大声で呼んだので物凄い驚きました。


慌てて仏間に行くと「お麩食べたか!?」と肩を揺さぶられました。


気迫に慄きながらも首をふると「妹ちゃんか?」と祖父はいいます。


妹はお昼以降は仏間に入っていません。

 

夕方薄暗くなってからの仏間は怖いから、午前私が頑張るから午後やってほしいといわれていたのです。

 

わざわざ怖がっている仏間に自ら入るとは思えないし、そもそも妹は潔癖症なのでありえない、と祖父に伝えました。

 

「つまり午後は俺と〇〇ちゃんだけか…」

 

「お麩、元々2個だったんじゃないの?」

 

「いや、ご先祖様の分と同じ3つだよ。俺が配膳したから覚えてる。他に誰が…」

 

そこで私は思い出しました。

 

「隣の部屋、B君寝てた…」

 

それを聞いて祖父はすぐに祖母の妹に電話をかけ始めました。しかしなかなかでないようです。

 

私は3兄弟のお母さんに電話しました。


するとお兄ちゃんのA君が出てくれました。

 

「あ、A君?あのさ、お母さんかB君に代われる?」

 

「どっちも寝てるー…あ、B起きてる。代わるね」

 

そうして眠そうなB君の声が聞こえました。

 

「もしもしー」

 

「B君!あのさ、仏壇のお麩食べた?お箸ないお膳のやつ」

 

「食べてないよ?」

 

予想外の回答。いやでも怒られると思って食べてないって言っている可能性もある。

 

「ほんとに?別にお母さんに言わないから、ほんとの事いって大丈夫だよ」

 

「たべてないって!」

 

何度か同じ問答を繰り返しましたが、答えは変わらず。

 

心配げにこちらを見る祖父に首を振ると顔をしかめました。


その時、祖父の方の電話がつながったのでしょう。

 

「Bがガキジョウロウさんのお膳を食ったかもしれん!本人は食ってない言うてるが念の為〇〇神社に行け!今からだ!」

 

しかし恐らく向こうはまともに取り合わなかったのでしょう。終いには「どうなっても知らんぞ!」と叫んでいました。

 

「おじいちゃん…」

 

「さっきは怒鳴って悪かったね…。もう向こうは知らん…。どうもできん」

 

「ガキジョウロウさんのを食べたら落ちるって言ってたけど、具体的にどうなるの?」

 

「わからない」

 

私が怪訝な顔をしてたのでしょう。「今までそんなことした奴がいないからねぇ」と続けられて納得しました。

 

「明日になったらわかるかもしれないな」

 

そういう祖父の顔は悲しそうでした。

 

次の日、というか深夜2時頃に、着信で目を覚しました。

 

3兄弟のお母さんからでした。


出た瞬間おかあさんの悲鳴が耳をつんざきました。

 

「ねえ!!Bがおかしいの!!何か知ってるよね!?それで私に電話したんだよね!?AにBに代わってって言ったんだよね!?ねえ何があったの!?ああああ!!B!!やめて!そんなことしないで!!ねえ!!」

 

恐らく携帯を投げたのでしょう。ゴン、という音がして、遠くからお母さんの悲鳴が聞こえます。


すぐに拾われたのかがさっと音がしました。

 

「…もしもし?」

 

「あ、A君」

 

拾ったのはA君でした。A君は泣きそうな声でした。

 

「あ、あのさ、Bなんかやったのかな。Bがさ…ずっと生ごみとか虫とか食ってんの。今母さんと父さんが必死に止めてるけど、全然止まらなくて。最初見つけたの俺で、俺も止めたの。でもめっちゃ力強かった。なんか、Bじゃないみたいで。電話でBになんか聞いてたよね。食べてないとかB言ってたけど、何聞いたの?」

 

A君の声の後ろから、未だ聞こえるお母さんの悲鳴。あぁ、落ちてしまったんだな、と思いました。

 

「仏壇のお麩、食べてないかって…。机の下に置いてたお膳…」

 

「…帰りの車、ずっと腹減ったって言ってたから食ったかも、あいつ」

 

「そっかぁ…。おじいちゃんに代わるからさ、そっちもお母さんかおばば(祖母の妹)に代われる?」

 

「わかった」

 

そこから私は祖父に携帯を託したので、どんな話をしていたのかは具体的には知りません。


「神社に電話する」とか「とりあえず今晩は見張っとけ」とか言ってたので、B君はお祓いをされるのかなと思いました。

 

もうその日から10年以上たちますが、B君とは会っていません。


すっかり大きくなったA君、C君、そしてお母さんとは今も会いますが、B君だけはいません。


もうB君はタブー扱いです。


しかし一度だけ、酔ったお母さんが愚痴ったことがあります。

 

「もうね!食費が大変なの!食べ盛りばっかりで!!本当に!本当に…なんでも食べるけど、せめて、せめて普通の…美味しいものを食べてほしいのに…なんで…」

 

そういって泣き始めたお母さんを、A君が「大丈夫だよ」といって背中をさすっていました。


恐らくB君はまだ生きているんだと思います。


でもきっと会うことはないのだろうと思うと、少し寂しいです。

 

ちょっと調べたんですが、餓鬼には種類があって、その中の少財餓鬼というのは、不浄な物を飲食することができるんだそうです。

 

B君、美味しいものを食べれる日が来るといいんですが。


皆さんも、お供え物には口を付けないよう、気を付けてくださいね。

 

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