とある町のはずれに、小さな神社がある。
その神社はいつからあるのか、なにが祀られているのか、今となっては知る者はほとんどいない、それほどに気にも留められていない、ほとんど忘れ去られたような感じの神社だ。
ただその神社にはこんな言い伝えがある。
その神社に強い憎しみ、恨み、悲しみを持ったものが境内に入り、自分の恨んでいる人間を思い浮かべながら賽銭のかわりに命を捧げる、つまり自殺すると、その神社に祀られている何者かが動き出し、死んだ者にかわって恨んでいる人間のもとにやってきて、恨みを晴らすという。
そしてそれは、現代に至る今も続いているという。
無論、こんな話を信じるほうがどうかしていると思う人が多いだろう。
だが、最近、そのようなことが起きたのだ。
少し前、この街を拠点にしている大会社の社長がいた。
いた、という過去形なのは察してほしい。
その社長は一代で会社を大きくした、やり手の経営者なのだが、大きくするのに随分と悪どい手も使ったということでも知られていた。
裏金や不正はもちろんのこと、時に違法ともされる商品を扱ったり、時にライバル会社の不正をでっちあげたり(冤罪づくり)、会社乗っ取りをかけたり、酷いときにはそのライバル会社の社長を死に追いやったりして、あくどく稼いでいた。
無論、こんなことすれば大問題になるだろうが、警察や町の有力者に賄賂を握らせる、圧力をかけるなどして、一方的に黙らせていた。
それでも下らない正義感に突き動かされたものがいれば、裏の者たちを雇って、その人間を消していた。
そうすることで、いつしか社長に逆らおうというものはいなくなっていった。
誰もがこのままあの社長の思い通りになると考えていたし、そういう未来が約束されていただろう。
だが、一人の人間の死によって、その未来は永遠に来なくなってしまったのだ。
ある夜、町はずれの小さな神社に、一人の男がやってきた。
男は少し前まである会社の社長の息子として、何不自由のない人生が約束されていたはずだった。
だが、大企業の社長がその会社を蹴落とすために、ありとあらゆる手管を使い、ついにその会社はなくなってしまったのだ。
息子はもちろん、その会社の社長とその家族もまた絶望した。
会社はなくなり、残されたのは多額の負債のみ。
絶望した彼らは一家心中をしようとしたが、運よく(いや、運悪くか)息子だけが生き残ってしまった。
息子は警察にも町の有力者にも、あるいは弁護士にもその社長の悪事を訴えたのだが、先述のようにそいつらは社長に恐れをなし、あるいは相手にせず、結局訴えは通らなかった。
息子は再び絶望したが、そのときにある噂話を思い出した。
そしてある夜、息子はその噂話ででてくる神社にきた。
境内に入った彼は憎き大会社の社長を思い浮かべながら、境内にある木で首をくくったのだった。
次の日、神社境内で首つり遺体が発見されたというニュースが流れ、噂話を知る者はまさかあの噂を真に受けたのか、と考えたが、このときはまさか噂は本当だったと思わなかっただろう。
その夜、恨みの対象である憎き大会社の社長はいつもどおり仕事を終え、帰宅の途についていた。
その日は仕事が忙しく、おかげで深夜までかかってしまった。
早く家に帰って一杯やろうと考え歩いていた時、ふと後ろから何かの音が聞こえた。
気のせいかと考え、社長は歩くが、音は聞こえてくる。
その音は「ガシャリ・・・、ガシャリ・・・」とまるで鎧を着ているものが歩いてくるような音だった。
しかもその音は社長を後ろからつけているかのように聞こえてきて、次第にはっきりと聞こえてきた。
まさか、こんな時代に鎧を着た人が歩いているわけがない、誰かの悪ふざけだろう、もしそうなら警察につきだしてやろう、そう社長が考え、振り返ると、そこにいたのは、、、
戦国時代に武士が着ていた感じの甲冑を身にまとい、顔の部分が髑髏になっていて、抜き身の太刀をもっていた、亡霊武者というべき風貌のものだった。
社長は驚き、誰かのコスプレか、コスプレにしては悪趣味が過ぎる、やはり警察案件だ、と身構えると、その鎧武者はこう「一将万骨、一将万骨・・・」とうなりながら、手にした太刀を思いきり社長に向けて振った。
その切れ味は、本物に勝るとも劣らないほどの切れ味だった。
事ここに至って社長は気づいた、この鎧武者は自分を殺そうとしていると。
悲鳴を上げながら社長は逃げ出した。
しかし「一将万骨、一将万骨・・・」とうなりながら、鎧武者は信じられない速度で社長を追いかけてくる。
このままでは追いつかれると思った社長は、近くにいたタクシーを捕まえ、猛スピードで町はずれの森にまで飛ばさせた。
ここまでくればもう安心、あとはゆっくり帰ろう、そう思って社長が振り返ると、そこにはあの鎧武者が太刀を振り上げて・・・
次の日、町は大騒ぎだった。町はずれの昨日、首つりしたいが見つかった神社で、社長の首がさらされていたのだ。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)