私が大学生の時の話なので、時代は平成半ばです。
親元から離れ、大阪の大学に行っていた私は、とにかく一人暮らしの気楽さを謳歌していました。
その日も悪友3人と繁華街のミナミで飲み歩いていました。
居酒屋を出たときは終電も終わっており、「ネットカフェで始発まで時間潰すか」などと言いつつ、
そぞろ歩いて、本通りから横にそれた側道に入りました。
平日なので、もともと人は多くなかったのですが、さらに通行人が少なくなりました。
それまで陽気に笑い声を上げていた友人のAが急に静かになりました。
「どうしたんだ?」
私ともう1人が怪訝に思って聞くと、
「ええか、前から歩いてくる女がおるやろ、絶対に見んなよ、知らん顔して歩け」
と、Aは厳しい声で言います。
Aはこの中で唯一、地元出身の人間です。
見ると、確かに前からは若い女性がこちらに向かって歩いてきていました。
しかし、すぐに違和感を覚えました。
着ている服がなんというのでしょう、『時代に合っていない』のです。
昭和に流行ったような派手な花柄のワンピース、髪は『パーマネント』と言われていたようなヘアスタイル。
古いドラマの再放送から抜け出してきたように思えました。
「見んなって!」
Aが押し殺した声でいいます。
私ともう1人の友人は気圧されて黙り込み、女性から視線を外しました。
その異様な雰囲気に一言も発することなく、反対方向に視線を向け、ある者は俯き加減で歩き続けました。
私たちと女の距離は近くなり、そしてすれ違う時、なんともいえない異臭が鼻をつきました。
なにかが燃えて焦げたようなきな臭いにおいです。
まるで火事現場後のような……。
私は呼吸を止めて、知らず知らずのうちに足を早めていました。
無言で歩き続け、すれ違った女と十分距離ができたころ、
「よし、もう大丈夫や」
と、Aがホッと肩の力を抜くようにいいました。
振り返ってみると、女の姿はありません。
「どういうことだ?」
「いまの、まさか……」
私たちが言うのに、Aは頷いて、
「おまえらも知ってるやろ、昭和の半ばに百貨店が大火事になったの、それがそこや」
と、顎でしゃくる先には大型家電店がありました。
その話なら私もなんとなく聞いたことがありました。
とてもひどい火事で大勢の人が亡くなりました。
そして、いまもそれにまつわる不思議な話があることも……。
「話には聞いてたけど、俺も初めて見たなあ……今もさまよってるんやな、気の毒に」
Aはそう呟くように言うと、そっと片手拝みで頭を下げ、私たちもそれにならいました。
それから20年近くが経ちましたが、あのきな臭いにおいは忘れられません。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)