怪文庫

怪文庫では、多数の怖い話や不思議な話を掲載致しております。また怪文庫では随時「怖い話」を募集致しております。洒落にならない怖い話や呪いや呪物に関する話など、背筋が凍るような物語をほぼ毎日更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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あの怪異

私が大学生の時の話なので、時代は平成半ばです。


親元から離れ、大阪の大学に行っていた私は、とにかく一人暮らしの気楽さを謳歌していました。


その日も悪友3人と繁華街のミナミで飲み歩いていました。


居酒屋を出たときは終電も終わっており、「ネットカフェで始発まで時間潰すか」などと言いつつ、


そぞろ歩いて、本通りから横にそれた側道に入りました。


平日なので、もともと人は多くなかったのですが、さらに通行人が少なくなりました。


それまで陽気に笑い声を上げていた友人のAが急に静かになりました。


「どうしたんだ?」


私ともう1人が怪訝に思って聞くと、


「ええか、前から歩いてくる女がおるやろ、絶対に見んなよ、知らん顔して歩け」


と、Aは厳しい声で言います。


Aはこの中で唯一、地元出身の人間です。


見ると、確かに前からは若い女性がこちらに向かって歩いてきていました。


しかし、すぐに違和感を覚えました。


着ている服がなんというのでしょう、『時代に合っていない』のです。


昭和に流行ったような派手な花柄のワンピース、髪は『パーマネント』と言われていたようなヘアスタイル。


古いドラマの再放送から抜け出してきたように思えました。


「見んなって!」


Aが押し殺した声でいいます。


私ともう1人の友人は気圧されて黙り込み、女性から視線を外しました。


その異様な雰囲気に一言も発することなく、反対方向に視線を向け、ある者は俯き加減で歩き続けました。


私たちと女の距離は近くなり、そしてすれ違う時、なんともいえない異臭が鼻をつきました。


なにかが燃えて焦げたようなきな臭いにおいです。


まるで火事現場後のような……。


私は呼吸を止めて、知らず知らずのうちに足を早めていました。


無言で歩き続け、すれ違った女と十分距離ができたころ、


「よし、もう大丈夫や」


と、Aがホッと肩の力を抜くようにいいました。


振り返ってみると、女の姿はありません。


「どういうことだ?」


「いまの、まさか……」


私たちが言うのに、Aは頷いて、


「おまえらも知ってるやろ、昭和の半ばに百貨店が大火事になったの、それがそこや」


と、顎でしゃくる先には大型家電店がありました。


その話なら私もなんとなく聞いたことがありました。


とてもひどい火事で大勢の人が亡くなりました。


そして、いまもそれにまつわる不思議な話があることも……。


「話には聞いてたけど、俺も初めて見たなあ……今もさまよってるんやな、気の毒に」


Aはそう呟くように言うと、そっと片手拝みで頭を下げ、私たちもそれにならいました。

 

それから20年近くが経ちましたが、あのきな臭いにおいは忘れられません。

 

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