怪文庫

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ウサギの人形

私には幼いころからの親友がいる。


親同士が産婦人科で知り合い、お互い第一子で出産予定日が近かったことから仲良くなったそう。

 

母たちはお互い専業主婦だったこともあって、互いの家に行き来するようになり、あっという間に意気投合、親友の間柄になったという。


私と親友は1ヵ月も空けず生まれ、幼いころから一緒に育った。

 

そのため、私たちは物心ついたころには既に友人だった。

 

親友母は裁縫が得意で、保育園のバザーでは手作りのアクセサリやコースター、編み物、ぬいぐるみといった手芸品を出品するほどの腕前だった。


私の母は料理やお菓子作りが得意だったので、親友母とは手芸とお菓子を教え合っていたそうだ。


そんな親友母が、親友のために作ったウサギのぬいぐるみがある。

 

青いギンガムチェック柄で、今でこそ両手乗りくらいのサイズ感だが、幼い私たちにとっては大きく感じられ、親友はそのウサギを心の友のように慕って話しかけていた。


親友母は「思いを込めて1針1針手縫いした。きっと娘を守ってくれる」と言っていた。

 

幼いころはなにかおまじないめいたものを感じていたが、少し大きくなったころには、「精神的な支えとなって守ってくれるという意味だろう」と解釈するようになっていた。

 

親友は親友母に似て、しっかりとした正義感のある少女に育っていった。

 

しかし、その反面心優しく、強く出られない性格でもあった。


私は下に弟が生まれ、正義感が「弟を守る」という方向に向かっていったため、どちらかというと気の強い子に育った。


そのため、親友が嫌なことを押し付けられてNOと言えない場面だったり、困っている場面だったりに出くわせば、持ち前の気の強さで相手を言いくるめ、親友を守っていたように思う。


親友とはそうしてずっと仲良くやっていた。

 

 

親友とは高校で一度離れたものの、お互い地元からは出なかったので、高校生になり、大学生になり、社会人になっても、定期的に会って遊んでいた。


家に行ったときしか目にすることはなかったが、青いギンガムチェックのウサギは、いつも親友の部屋にあった。


ある時親友の家に遊びに行ったとき、「実はね」と親友が話し始めた。


別々の高校に通っていた時の話だという。

 

親友は地元の高校に進学した。1年生のクラスで早速グループが出来たのだが、女子3人のグループだった。


A子と中学校からの付き合いであるというB美が2人グループでいたのだが、ひょんなことからA子と親友の好きなアニメが同じであったことが分かり、次第に3人で仲良くするようになっていったという。

 

A子はおとなしく気弱な性格で、親友との相性も良かった。

 

しかしB美は対照的に気が強く、少しわがままな性格でもあったという。


親友はどちらかというとB美のようなタイプの子は苦手だったが、私と親友の関係のように、B美がA子を守っている面もあるのだろうと想像していたらしい。

 

ある時、部活などで精神的に弱っていた時期があった親友は、例のウサギのぬいぐるみをサブバッグに忍ばせて学校に行った日があった。

 

どうしても心がしんどく、精神的な支えが欲しかったらしい。

 

ウサギはサブバッグに仕舞っており、出すことはなかったが、「ウサギがいてくれている」という気持ちだけで随分救われたんだと話した。


しかしその日の放課後、珍しくサブバッグを持ってきた親友に興味を示したB美が、「体操服も必要ない日なのに、サブバッグなんて持ってきて。一体何を入れてるのよ?」と、親友からサブバッグを強引に取り上げた。

 

中にぽつんと座っていたウサギに、B美のテンションはみるみる上昇。

 

B美は少し少女趣味のようなところがあったのだという。


「わーかわいいウサギ! どこで買ったの?」そういうB美に、親友は正直に打ち明けた。


「母さんが作ったんだよ、お守り。今日はちょっとしんどかったから、学校に連れてきたんだ。今日だけだし、明日からは持ってこないから、お願い先生には言わないで。」


B美はうさぎをサブバッグから取り出して両手に抱いた。


「いいよ、言わないであげる。でもほんとかわいい、うちの棚に飾りたいな。ねえ、このウサギちょうだいよ。」


B美からのまさかの発言に、A子が驚いて窘めた。


「だめだよB美ちゃん、親友ちゃんだって、お母さんが作ってくれた大切なものだって言ったじゃない。」


「ごめんね、それはあげられない……」


そう言うA子と親友に、B美は不服そうな顔をしただけで引き下がらない。


「じゃあ1日だけ、今日だけこの子貸してよ、明日には返すからさ。じゃあそういうことで!」


B美は一方的にそうまくしたて、ウサギを自分のカバンに強引に押し込んで帰って行ってしまった。


泣きそうになる親友、A子はおろおろしながらも、B美ちゃんがごめんね…と、親友を慰めたという。

 

「でもね、ここからなんだよ、不思議なのは」


親友は落ち着いた口調で続けた。ウサギは相変わらずいつもの表情で棚に佇んでいる。

 

B美が帰ってしまった以上仕方がない、A子と親友も学校を後にし帰路についた。


その日の晩、親友の家の電話が鳴った。


親友母が明るい声色で電話に出たものの、次第に神妙な面持ちで「はい……ええ、えぇ。」と相槌を打つようになり、ちらりと親友を見た。


「少々お待ちください」そういって受話器を手で覆いながら、親友母は親友に向いて言った。


「ねえ、あんたB美ちゃんと仲良しなんだよね。B美ちゃんの知り合いの小学生が居るらしいんだけど、どんな子か知ってる?」


「知らないよ、B美ちゃんとは普通に仲いいけど、小学生の知り合いが居ることも知らない。見たこともないし。」


「そうよね……分かった。」親友母はそういうと、学校の担任であろう電話の相手にその旨を伝え始めた。

 

なんとなく居心地の悪さを感じながら翌日登校すると、担任からA子と親友が呼び出された。


「実は昨日B美さんと近所の小学生がトラブルになったのね。詳しくは言えないんだけど、二人はB美さんと小学生が話しているところとか見たこととか無いかな。あとは、B美さんの小学生のお友達とか、知らないかな。」


「いえ…知りません。いつも一緒にいたけど、少なくとも登下校中は、小学生とかかわることもなかったし」


「そうよね、分かったわ。教えてくれてありがとう。話は以上よ。二人は教室に戻っていて。」


親友とA子は不思議な感覚がしつつも、言われた通り教室に戻った。

 

教室はいつもよりざわざわしていて、噂話が飛び交っているようだった。

 

 

「知ってる? B美ちゃん、近所の小学生をいじめて万引きさせてたそうだよ」


「信じらんないよね! でもやってそうだよ、B美って性格悪いし。」


そんなうわさ話が一通り耳に入ったところで、教室に担任がやってきて、ざわつきは収まった。


その日はなんとなく、A子とも話せなかったという。

 

その晩、親友宛に1本の電話がかかってきた。母親から取り次がれると、電話の相手はB美だった。


「親友ちゃん、ごめんね……ウサギ取ったりして。昨日、家に帰ったらカバンにウサギが無くて。慌てて通った道を戻っていったら、買い食いしたコンビニのイートインスペースにウサギがあったの。

 

一度もカバンから出してないのに。急いで取りに行ったら、急に知らない小学生に腕を掴まれて、万引きするように脅されたって言われてさ。意味わかんないよね……でも私やってないんだ、相手だって知らない子だよ。

 

でも誰も信じてくれなかった。それに、ウサギがずっとこっち見てるの。帰せ、帰せって、不思議なんだけど、頭の中だけ声が聞こえるんだよ。帰さないとこのままだから、って言うの。ねえ、今から親友ちゃんの家に行ってもいい? ウサギ、返したいんだ」

 

弱弱しいB美の声に、親友は「いいよ」と短く答えることしかできなかった。

 

暫くして、晩も20時頃、B美は母親に連れられてやってきた。


B美の母親は「うちの子がごめんなさい、小学生や親友ちゃんからものを取り上げたりして……」


B美も、B美の母親もひどく憔悴した様子で、ギンガムチェックのウサギは無事に親友の手に帰ってきた。

 

親友はいつもの棚にウサギを戻し、話しかけた。


「学校に連れて行ったばっかりに、怖い思いをさせてごめんね。もう連れ出したり、連れ去られたりしないから。B美ちゃん、本当に小学生をいじめてないのかな。ねえ、どう思う? ウサギを連れ去ったことも、反省してるなら、また友達に戻りたいんだけどな……」


ウサギはいつも通りの表情で、うんともすんとも言わない。

 

翌朝学校へ行くと、B美の姿は相変わらずなかった。


朝のホームルームで担任が入ってくると、続いてB美がやってきた。とたんにざわつく教室。

 

「皆さん静かに。一昨日、B美さんと小学生がトラブルになったという噂を聞いた人も居ますね。昨日の晩、小学生の親御さんから、その子が万引きをした罪悪感から、たまたまそこに居合わせたB美さんに、いじめられて万引きをするよう強制されたという嘘をついてしまったというお話がありました。この件の事実は以上です。皆さん、根も葉もない噂に惑わされないように。」


教室は一瞬で静まり返り、B美へのうわさも一瞬で収まったという。

 

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「で、そういうことがあったんだ。私ね、このウサギには不思議な力があると思ってるの。」


親友はいつも通りの穏やかな口調でそう言う。


「うん、なんか不思議な感じだね。ウサギは親友から離れたくないのかも。無理やり取り上げたりしたらさ、良くないよね」


「そうだよね。でもさ、もしあなたが困ったことがあったら、取り上げるじゃなくて、私がこの子を貸してあげるから言ってよ。きっと力になってくれる」


親友は冗談っぽく笑ってそういった。

 

私たちはすでに成人を迎え、私には恋人ができた。


しかし最近、恋人に対して、言葉ではうまく言い表せられない違和感というか、疑いを持ってしまっている自分もいる。


親友からウサギを借りるべきか、私は今日も迷っている。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter