俺が高校生だった頃、ある不可解な体験をしたことがある。
いつもの通学路での出来事だった。
学校から自宅に帰る途中には、古びた踏切があって、そこを渡るのが俺の日課だった。
その踏切は周囲にあまり人気がなく、昼間でも薄暗い感じがして、何か不気味な雰囲気を漂わせていた。
夕方になるとさらにその雰囲気は増し、寂しさと不安が交錯する場所だった。
しかし俺自身は特に怖がるわけでもなく、毎日何事もなく通過していた。
その日、俺は部活が遅くなり、いつもより遅い時間に家路に着くことになった。
辺りはすでに暗くなりかけていて、街灯がぼんやりとした光を放っているだけだった。
踏切に差し掛かった時、何かがいつもと違うことに気づいた。普段なら向こう側には何もないはずなのに、なぜか古びた木造の小屋が見えたのだ。
俺は少し驚いたが、「ただの見間違いだろう」と自分に言い聞かせて、そのまま踏切を渡ろうとした。
その時、不意に耳に入ってきた音が俺を立ち止まらせた。
何かが引きずられるような音が踏切の向こう側から聞こえてきたのだ。
俺はその音の正体が気になって、恐る恐る踏切を渡り始めた。
すると、音は徐々に大きくなり、まるで何か重たい物が地面を擦っているように感じられた。
その不気味な音に不安が募りながらも、俺の好奇心は止まらなかった。
しかし、踏切を渡り切る前に、突然音が止まった。
辺りは一瞬で静寂に包まれ、まるで時間が止まったかのような感覚に襲われた。
その瞬間、踏切の向こう側に一人の老人が立っていることに気づいた。
彼は古びた和装をまとい、まるで時代錯誤のような姿だった。
老人はゆっくりとこちらに近づいてきたが、その歩き方が異様で、まるで足を動かしていないかのように滑るように移動していた。
俺はその場で立ち尽くしてしまい、老人がさらに近づいてくるのをただ見守るしかなかった。
彼が目の前に立ち止まると、静かに口を開いた。
「ここから先へは行かない方がいい」その声は低く、どこか遠くから響いてくるように感じられた。
ごにょごにょとまだ何か言っていたが、聞きとれない。
老人の言葉は何とも言えない不気味さを感じさせ、俺の背筋を冷たくした。
俺は混乱しながらも老人の言葉に従い、その場から一歩も動けずにいた。
しかし、老人は俺の反応を待つことなく、再び口を開いた。
「dと・・・・(聞き取れない部分)ない。それでも行くのか?」
その問いかけに、俺は無意識のうちに首を横に振っていた。
すると、老人は微かに頷き、「それでいい」とつぶやいた。
その瞬間、俺の頭に鋭い痛みが走り、目の前がぐにゃりと歪んだ。
周囲の風景が滲んで、まるで現実が崩れていくような感覚に襲われた。
俺は耐えられず、しゃがみ込んでしまった。
そして次の瞬間、気がつくと俺はいつもの踏切の手前にしゃがみ込んでいた。
あの老人も、異様な音も、何もかもが消えていた。
俺は目の前の光景を確認するために見まわしたが、そこにはただ荒れた草地が広がっているだけだった。
あの小屋もなく、老人もいない。すべてが夢だったのか、それとも幻だったのか、俺にはわからなかった。
ただ、あまりにもリアルだったその体験は、夢だと片付けるにはあまりに異様だった。
そして頭が強烈に痛かったのを覚えている。
俺は家に帰ると、すぐに自分の部屋にこもり、あの出来事を思い返してみた。
しかし、何度考えても答えは出なかった。あの老人は何者だったのか?なぜ俺に話しかけてきたのか?俺は一体、何を見たのか?そんな疑問が次々と浮かんできて、興奮してしまいしばらく眠ることもできなかった。
次の日、学校に行く前に再びあの踏切を通った。
しかし、そこには前日のような不気味さは感じられず、ただ普通の踏切があるだけだった。
木造の小屋もなく、老人の姿もなかった。まるであの日の出来事がすべて幻だったかのように、何も変わらない日常がそこにあった。
俺はそのまま学校に行き、友人にあの出来事を話してみたが、誰も信じてくれなかった。「何言ってるんだ?」と笑い飛ばされるだけだった。
それから数日後、俺はどうしても気になって、親戚の爺さん婆さんにあの場所について聞いてみる事にした。
すると、驚くべきことに、かつてあの踏切の向こう側には小さな村が存在していたという。
その村は戦時中に消滅し、今ではその痕跡すら残っていないという。
あの日見た光景が過去の幻影だったのか、それとも異世界への入り口だったのか、ますます分からなくなった。
しかし、確かなのはあの老人の忠告がなければ、俺は今この場所にいなかったかもしれないということだ。
あれから数年が経ち、俺は社会人になったが、今でもあの踏切を通ることがある。
もちろん、あの日のような体験は二度と起こっていないが、今でもあの老人には感謝している。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)