これは今から5年ほど前に私の友人が体験した出来事を書いたものです。
友人はこれと言って霊感があるわけではないのですが、あの時だけはこの世ならざる者の存在を信じそうになったと言っていました。
以下は友人Aから聞いた話をまとめたものです。
その日の私は大学で翌日までに提出する課題に手こずって、大学を出たのは夜の7時を回った頃でした。
自転車通学の私はその時も重いペダルを漕いで緩やかないつもの坂道を登っている途中で、買い忘れていた日用品がある事に気付きました。
お店に寄ってそこからまた家まで帰ろうとしたのですが、途中の道が工事で塞がれていたので迂回しなくてはなりませんでした。
大通りから逸れてしばらくすると前方に白い靄がかかっているのが見えました。
その日は雨も降っていないのに変だなと思いながらも特に気に留める事なくその靄へ入って行ったのですが、急に視界が濃い紫色に覆われました。
目の前が見えなくて危ないと思った私は急いでブレーキをかけてその場に止まりました。
そして足元に注意しながら恐る恐る自転車を押しながら進むとすぐに視界が開けました。
そこはなぜか車やお店の影もないどこかの山道でした。
建物が全くないどころか辺りは虫の声一つしていません。
(あれ、私どこの道に出ちゃったんだろう)
と思いながら違和感に気が付きました。
大学を出たのが夜の7時過ぎでここまで少なくとも30分は経っていました。
まだ7月で日は長いものの、先程までは確かに薄暗かったのです。
ですが今目の前に見える光景は、まだ日が沈んだ程度のの薄暗い程度の明るさの山道です。
強い違和感と恐怖を覚えた私はまず背後を振り返りました。
特に何かがいるわけではありませんでしたが、先程まであったはずの靄も一切ありませんでした。
取り敢えず元来た道を引き返そうとまた自転車を暫く漕ぎました。
靄に入った時からアスファルトではなく砂利道だったので自転車を漕ぐのも一苦労でしたが、体感で2キロ位進んだ時でしょうか、前方にようやく建物らしき影が見えて来ました。
それまでは何もない木々に覆われた山道が続いていて不安でしたが、ここに来てようやく人がいると思えました。
ですがその建物に近づいてみるとそれは現代の建物ではありませんでした。
まるでどこかの文化遺産のような大きな藁ぶき屋根の建物がそこには佇んでいました。
他に建物はないですし、人がいるなら道が訊けると思った私は今思えばどうかしていたのかも知れません。
目の前の木でできた立派な門をくぐってこれまた木製の引き戸の玄関を3回ノックしながら「すみませーん、ごめんくださーい」等と幾度か声を張り上げたものの、帰って来たのは静寂ばかりでした。
仕方なく戻ろうかと思いかけた時、廊下の奥から大柄の男性がぬっと出てきて「ひっ」と短い悲鳴を出してしまいました。
現われたのは、その家の主なのかと思いましたが、なぜかその人は作業着のような服を着ていてそれがあまりにも場違いで強烈な違和感を覚えました。
一瞬逃げ出そうかと体が動いた時に男性が「待つんだ」と言ってきました。
恐怖を抑えて振り返ると灰色の作業服になぜかタピオカミルクティーを片手に持った初老の男性が仏頂面でこちらを睨むように立っていました。
私は色々思う所ありましたがその思考を遮る様に彼はこう言いました。
「なんでここにいるんだ。どうやって入って来た」
私は急に家に入って来た事を咎められているのだと思ってその事を誤りつつ、正直にこれまでの事を話すと、男性は疲れた様な顔でなぜか指をパチンと鳴らしました。
その瞬間、眩しい光が視界を覆ったかと思うと即座に真っ暗闇に包まれました。
そこはどういう訳か私の家の数百メートル近くの公園で数歩先には私の自転車が倒れていました。
それから急いで家に入って時間を確認すると、夜中の1時でした。
あれは一体何だったんでしょうか。
今思い出しても全く意味が分かりません。
ただ、タピオカミルクティーは飲めなくなりました。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)