怪文庫

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四階に行った話

私は小さな会社で働く事務員。新入社員だった頃、古ぼけた3階建てのビルの3階で働いていた。


そのビルの中で起こったとある「事件」について、今から話そうと思う。


ある日、ビルのエレベーターに乗ったらスッと見知らぬ男性が入ってきた。

 

何階ですか、と聞いても、返事は返ってこなかった。


男性はスーツを着ていて、青白い顔で立っていた。


少し気味が悪かったが、もし私の会社に用のある外部のお客さんだったら同じく3階で降りるだろう。そう思って、エレベーターを降りた。


ちらっと振り返ると、エレベーターはそのまま昇って行った。


4階行きのボタンも4階へ続く階段も無かったはずなのに、何で?と思って、上司に聞いてみた。このビルって3階建てですよね、と。


3階建てだよと笑われたが、耐震基準やらで減築されたから、昔はもっとフロアがあったらしい、と上司は続けた。


それからは何事もなかったかのように日常を過ごしていた。

 

またある日、出勤しようとエレベーターに乗り込もうとした。


すると、スッと男性が後ろから追い抜いてきた。前と同じ、青白い顔の人だった。


驚いて、思わずボタンも押さずにエレベーター内の角に逃げるように寄った。


男性は何やら複数のフロアボタンを叩いていた。


エレベーターはそのまま上に昇っていき、私は我に返って3階へのボタンを押した。


普段通り、私はエレベーターから降りて出社した。


男のボタン操作から見るに、もしも別のフロアがあるとしたら、3階よりも上に昇るには特殊な手順が必要なのだろうか、と考えた。


同僚に、スーツで青白い顔の男を見なかった?と聞いてみたが、一度も見たことがないと返された。

 

上司も見たことがないらしい。

 

スーツで青白い顔というと他にもそんな人はいそうだが、顔も全く思い出せなくて、それ以外の特徴がなかった。


2階と3階はどちらも私の会社なので、仮に誰も見たことがないのだとしたら、社外の人間だということは確かだった。

 

それから日が経ち、また青白い顔の男性とエレベーターで一緒になった。


男がボタンを押す手の動きを見ようと、あえて私はボタンを押さずに乗り込んだ。


開→閉→1→2→3→3→2→1→閉の順に、素早くボタンを押していた。

 

どうやらこれが、このエレベーターの隠しコマンドになっているようだ。


男がそれを一通り押し終わると、コマンドに使われたフロアボタンの階数は解除されて、エレベーターは上に昇った。


私はいつも通り、3階のボタンを押した。

 

エレベーターから降りて、コマンドをメモしておいた。

 

仕事帰り、エレベーターに乗ってそのコマンドを試してみた。

 

するとエレベーターは3階から上に昇り、無かったはずの「4階」に辿り着いたようだった。


エレベーターの扉が開くと、真っ暗な空間だった。

 

 

スマホの懐中電灯で辺りを照らしてみると、そこはオフィスのエントランスのようだったが、受付の電話機のコードは抜かれていて埃を被っていた。

 

蛍光灯の電源スイッチを押してみても点かない。電気は使えないようだ。


入り口の錆びついたドアは、セキュリティキーも無いのでそのまま開けることができた。

 

スマホのライトで照らすと、埃まみれの古いパソコンが並び、何かの書類がぐちゃぐちゃに散乱していた。


ゆっくり進んでいくと、カタカタカタとキーボードを叩く音がした。


音が聞こえる先を見てみると、あの青白い顔の男がいた。


電源も入っていない真っ暗なパソコンの画面に向かって、男はキーボードを叩き続けていた。

 

何かに駆り立てられるように集中していて、こちらには気づく気配もない。


暗闇の中に青白い顔だけが浮かび上がるように存在しているようだった。


私は急いで真っ暗なオフィスを逃げ出し、4階のエレベーターホールまで歩いた。

 

下に降りるボタンを押したが、反応がない。何回も押したり長押ししたりしてみても反応がなかった。


ここに来るのにもコマンドが必要だったということは、帰るのにもコマンドが必要なのかもしれない。


でも、帰り方は私には知りようも無かったし、あの男に聞く気にもなれなかった。

 

スマホの充電はほぼ無くて、ビルのオーナーの連絡先を調べているうちに電源が切れ、ライトも使えなくなった。


時刻もわからないまま、エレベーターの前に座り込んでいた。

 

疲れて少し眠ってしまっていたようだった。

 

ドアがギィーと開く音で目が覚めた。


歩いてきたのはあの男だった。

 

私は逃げ腰で立ち上がったが、男は私のことなど見えていないようにエレベーターのボタンを素早く操作する。


エレベーターの扉が開いて乗り込み、1階まで降りた。


早足でエレベーターから出て、後ろを振り返ると男はもうどこにも居なかった。

 

家に帰る頃には夜明け前だった。


また朝から仕事なので、この出来事はもう忘れてしまおうと思い、しばらく日常を過ごしていた。


ある日、エレベーターが止まってしまう不具合が起こったらしく、ビルにメンテナンス業者が来ていた。エレベーターは使用禁止になった。


それから日が経ち、上司から会社の引越しについて知らされた。

 

この古いビルからもっと新しいビルに会社が移転するということだった。


ビルのエレベーターは修理が必要だが、修理に必要な部品がもう廃盤で手に入らないため直らないそうだ。1階にあったドラッグストアも同じく移転するらしい。


メンテナンス業者やビルの関係者が毎週のように来るようになった。


私は関係者と思われる人に、このビルはかつて「4階」もあったらしいが、そこには何の会社があったのかと聞いてみた。


会社について教えてくれたが、私が生まれる前には倒産した企業らしい。


調べてみると、その会社はブラックな運営で長時間労働や過労死、自殺などでニュースになっていたようだった。

 

社用車での居眠り運転で死傷事故、という記事もあった。

 

結局あの男とは、すれ違うことはもう無かった。

 

フロアの隅々を見てみても、3階から上のフロアに上がるための隠し階段もなかった。

 

あの暗闇で青白い顔と廃れたオフィスを見た記憶があるだけで、4階の存在を証明できるものも残っていなかった。

 

それから数ヶ月経ち、私の会社は新しいビルに引越した。


もう昔のビルには足を運ぶことは無くなったのだが、既に取り壊されてしまったのだろうか。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter