私は学生の時、一人暮らしをしていました。
住んでいたのは、古いけれど家賃が安いアパートで周りにはスーパーやコンビニもあり、生活するには便利なアパートでした。
入居してしばらくは特に問題もなく、平穏な日々が続いていました。
しかし、ある日を境に私の生活は一変しました。
その日は夜遅くまでレポートを書いていました。
時計を見ると、既に午前2時を回っていました。
レポートを書き終えてからベッドに倒れ込むように寝ました。
そのまま寝ていたところ、突然目が覚めました。
すると、何かの影が視界の端に動いた気がしたのです。
半ば寝ぼけた状態で目をこすりながら周りを見回しましたが、特に何も異常はありませんでした。
「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、再び眠りにつきました。
翌日も同じように夜遅くまでレポートを書いていました。
昨日と同じようにレポートを書き終えてから寝ました。
すると、また急に目が覚めました。
今度ははっきりと分かりました。部屋の隅に、黒い影のようなものが立っているのです。
目を閉じて「見なかったことにしよう」と思いましたが、どうしても気になって再び目を開けました。
するとその影は消えていました。
気のせいだったのかもしれないと思いつつも、気になって眠れませんでした。
その後も同じようなことが続きました。
夜中に目が覚めると、必ず部屋のどこかに黒い影が立っているのです。
怖くなって友人に相談すると、「そんなことがあるはずない」と笑われました。
ある夜、耐えられなくなって部屋の電気をつけっぱなしにして寝ることにしました。
明るければ影は現れないかもしれないと思ったのです。
しかし、深夜に目が覚めると、電気を点けていてもその影ははっきりと見えていました。
その時、影がゆっくりと動き出しました。
ベッドに向かって近づいてくるのです。
恐怖で声も出せず、体も動きませんでした。
影は私の足元に立ち、じっとこちらを見下ろしていました。
その目があるわけでもない顔に、冷たい視線を感じました。
次の瞬間、影がふっと消えました。
体が動くようになった私はすぐに部屋を飛び出し、友人の家に駆け込みました。
事情を話すと、さすがに友人も真剣に聞いてくれました。
その後、友人の紹介で霊能者に相談することになりました。
霊能者は私の話を聞き、アパートを一緒に訪れてくれました。
部屋に入るなり霊能者は険しい顔をしました。
「この部屋には霊が住み着いています。以前、ここで亡くなった方の霊が、まだ成仏できずにいるのです。その霊は、あなたの存在を疎ましく思っているようです。」
霊能者の助言で数日後には新しい住まいを探すことにしました。
引っ越し先では、もう二度と黒い影を見ることはありませんでした。
後になって知ったことですが、あのアパートでは過去に自殺者が出ていたそうです。
そのことを知らずに住んでいた私が霊の存在に気付かされたのは、もしかしたらその霊が助けを求めていたのかもしれません。
現在もそのアパートは存在していますが、誰も長く住むことができないと言われています。
そのアパートに住んだ人は黒い影が現れるたびに恐怖に耐えきれず、次々と引っ越していくのだそうです。
新居で平穏な日々を取り戻した私はあのアパートのことを忘れようとしました。
しかし、心のどこかであの影のことが気になっていました。
あのアパートには私の後に他の人が住み始めますが、そのたびに次々と引っ越していくという噂を耳にすることがありました。
数ヶ月後、友人から「どうしても見て欲しいものがある」と連絡がありました。
指定された場所は、かつて私が住んでいたアパートの近くにあるカフェでした。
少し不安な気持ちがありましたが、私はそのカフェに行きました。
カフェに入ると友人はすぐに私を見つけ席に案内してくれました。
友人の隣には、見慣れない男性が座っていました。
彼は自己紹介もそこそこに、私に一枚の古びた写真を見せました。
「これはこのアパートが建つ前の写真です」と男性は言いました。
写真には、古い一軒家が写っていました。
その家の前に立っている人々の中に、ひとり異様に黒いシルエットがありました。
「この家に何かがあったのですか?」と尋ねると、男性は「この場所は、かつて精神病院があったところです。その病院では、多くの患者が不当に扱われ、悲惨な最期を迎えたと言われています。特にある男性患者が、非常に強い怨念を残して亡くなったと聞いています。その患者は、生前に何度も逃げ出そうとしましたが、その度に捕まり、厳しい処罰を受けていました。彼の怨念がこの場所に強く残っているのです。」と言いました。
話を聞いているうちに、あの黒い影はこの男性患者の怨念だったのかもしれないと思いました。
友人もその話を初めて聞いたようで、顔色を変えていました。
「なぜ私にこの話を?」と尋ねると、男性は続けました。
「実はこのアパートのことを調査していました。あなたが見た影は、おそらくこの怨念が具現化したものでしょう。あなたがここを去った後も、同じような現象が起きています。何とかその霊を鎮める方法を見つけたいのです。」
私は少し考えた後、協力することを決めました。
あの影が他の人々に同じ恐怖を与えていると思うと、何かできることがあればやりたいと思ったのです。
数日後、男性の手配で再びあのアパートを訪れることになりました。
今度は霊媒師も同行し浄化の儀式を行うことになっていました。
霊媒師が儀式を始めると、部屋の空気が一変しました。
寒気や息が詰まるような感覚に襲われました。
ですが、霊媒師の儀式が進んでいくうちに次第にその感覚は消えていきました。
儀式が終わると霊媒師は言いました。
「これで大丈夫です。この場所に残っていた怨念は浄化されました。もう二度とあの影が現れることはないでしょう。」
その言葉を聞いて、私は心底ほっとしました。
その後、アパートの住人たちからも同じような話を聞くことはなくなりました。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)