怪文庫

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メキシコ展で買ったもの

大学のころからの友人であるL子と二人で、メキシコ旅行に行きました。


飛行機で帰る日の前日は、古代文明の遺跡をひととおり見たあと、午後は、その遺跡のそばにある博物館に行きました。


博物館では、特別展を開催していました。あたらしく近くの遺跡から発掘された仮面や槍といった、古代の遺物や遺跡写真などが展示される、という概要でした。私はL子を誘って、特別展を見ました。


そのなかでも、仮面の展示は、人目を引くものでした。

 

緑色の翡翠で覆われた仮面と、黒い石の仮面が、ふたつで一組となるように置かれていました。


展示を眺めたあと、売店で、お土産を買うことにしました。先ほど見た、ふたつの仮面の形をしたキーホルダーを売っています。


L子が黒の仮面とおなじデザインのキーホルダーを買ったあと、私は、緑色と黒の両方を買いました。


帰国してから半年くらいたったころ、私は、またL子に会いたくなりました。私は、おたがいの都合がよい日があれば、またいっしょにどこかに出かけようと思って、電話をしました。


L子は、半年前の元気な声とはうってかわって、憂鬱さを感じさせるようなか細い声で「あ。A美?」と私の名前をよびました。


「弟と犬が交通事故に遭って……」と言うと、L子は、電話越しに泣いていました。

 

犬というのは、彼女の家で飼っていたプードルのことです。

 

L子の話では、どちらも、散歩の途中で、車に轢かれてしまったそうです。


私は「また、どこかに行こうよ」と励ましましたが、L子は「そんな気分じゃない」と言いました。


それで「じゃあ、食費は私が奢るから、いっしょに行ってくれる?」と提案すると、L子も断ることができないで、承諾しました。


半年前にメキシコ旅行に行ったばかりだったため、つぎは、比較的予算のかからない横浜に行くことになりました。


ひさしぶりに会ったL子の顔は、青ざめていました。ショッキングなできごとによって、気落ちしていることがわかります。

 

 

中華街の占い館に『霊視鑑定』という表示の看板がありました。

 

L子は、弟と犬のことが気になっていたためか「ここに入ろう」と言って、私を促しました。私は、L子といっしょに占い館の店内に入りました。


占い師は、予想していたよりも若い女性でした。外見は三十代前半くらいで、手首に水晶のブレスレットを巻いていました。


占い師は、L子の鞄についていた、メキシコのキーホルダーを見て「そのキーホルダー、手放したほうがいいですよ」と言いました。

 

「あなたたち、二人で博物館に行きましたか?昔、生贄の風習があった国の。たぶん、南米のほうだと思うのですけど。私に見えているのは、英語ですけど、メキシコとか、ミュージアムっていう文字です。私、霊とか、物の思念とかが、イメージで見えるので、そのヴィジョンを使って占っているんです。少し事実とちがうところはあるかもしれませんけど。もう一人の方は、二種類もっておられますね」


私のキーホルダーのことまで当てられてしまったため、私は驚いて、占い師が説明することを信じることにしました。


そのあと占い師が話したことによれば、私たちがメキシコの博物館で見た二つの仮面は、緑色のほうの仮面に神が宿っていて、黒いほうには生贄となった人々の怨霊が宿っている、ということでした。

 

ひとつの黒い仮面に、かぞえきれないほどたくさんの怨霊がいる。そのうちの何体かの怨霊が、仮面のキーホルダーをほんものの仮面と見まちがえて、キーホルダーのほうに憑依してしまったのです。

 

もしも、緑色の仮面がなければ、黒い仮面の怨霊たちは勝手なことをしはじめてしまうから、霊を鎮めるために、緑色の仮面と一対となって埋まっていたのです。

 

私は緑色のほうのキーホルダーをもっていたから、帰国したあともなんの異変もなく過ごしていたのですが、L子のほうは、黒いキーホルダーだけを買ったため、キーホルダーに憑依した怨霊がL子の周囲に害をおよぼしていた、ということです。

 

「おそらく、人を傷つけるのではなく、人が不運に見まわれることを喜ぶ性格の怨霊ですね。L子さんを直接不運にするという方法ではなくて、L子さんの親しい人をまわりから消すことで、精神的な苦痛を与えようと考えている。ほかの購入者も、みんな、あなたと同じように、よくないできごとに悩まされていると思います」


「どうやってキーホルダーを処分すればいいですか」とL子が質問しました。


占い師は「日本式のお祓いは効果がないと思いますから、売ってしまうか、土に埋めるか。追加料金で、私が浄霊することもできますけど、他国の霊となると、清められるかどうか、やってみないとわかりませんね」と答えました。


そのあと、占い師は、L子に翡翠のお守りを渡しました。

 

ふだんのお客さんには、水晶のお守りを無料で渡しているのですが、その日は、なんとなく、翡翠のほうがよいような気がして、もっていたのだそうです。


私は「占い師さん。その翡翠の形、展示で見た仮面とにてます」と気づいて言いました。


占い師も「あら。こんなこともあるのね」と驚いていました。

 

「偶然の一致には、なにか意味があることもあるんですよ。あなたたちも、そういったサインを見逃さなかったから、私のところに来られたのだと思いますよ」


お守りをもらったあとから、L子の顔が、だんだん晴れやかな表情になるのがわかります。

 

占い師は、パワーストーンなどを収納するための小袋を、私たちふたり分用意してくれました。


横浜から帰ったあと、L子は、悲しみから立ち直り、もとの生活に戻りました。

 

先日会ったときには、キーホルダーを翡翠のお守りとセットで、小袋に入れて机の引き出しにしまってある、と彼女は言っていました。


来年には、L子といっしょに、ふたたびメキシコに行って、黒いキーホルダーを土に埋めてくる予定です。

 

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