これは霊感の無い私が過去に体験した奇妙で不思議なちょっと怖い話です。
新宿にあるそのビルは地下二階、地上は七階くらいまでありビル内の殆どは飲食店となっています。
ありがちな雑居ビルといった印象で、調べてみたところ現在も変わらず様々な店舗が入っている様子でした。
当時の私は仕事が忙しくやっと取れた休日。
昼間は友人と食事やショッピングを楽しみ、夜は一人でバーに行こうとビルのエレベーターを待っていました。
ボタンを押すと二基並んだエレベーターのうち地下にランプの付いている奥の方が上がってきたので、なんとなく手持ち無沙汰もあって当時のガラケーをバッグから出し意味も無く眺めているとエレベーターが一階へ到着。
扉が開くと私と同世代かと思われる若い女性が一人乗っていました。
ビルの出入り口は一階のみとなっている為、地下から上がってきたならここで降りるよね?と思いながら待っていても彼女は降りません。
少しばかり不思議には思いましたが、地下の店で飲んでから上階の店にも立ち寄るのかなと思いつつエレベーターに乗り込むと、想像通り三階ボタンにランプが付いていました。
同じビル内で梯子酒することも珍しくないという私の考えは的中、私も目的の四階ボタンを押しドア付近に立ちました。
当時アパレル業界に身を置いていた私としては乗り合わせた女性が若く身なりに気を遣っていそうなのに、数年前にとても流行った有名ブランドのバッグを持っていることに少し違和感を覚えたことが今も頭に残っています。
着ているワンピースもどこか流行遅れだが、一瞬だけ視界に入ったネイルは手入れの行き届いたもの。
そこにミスマッチさを感じつつも、きっと思い入れのある大切なバッグなのだろう、物を大切にする素敵な人なのだろうと少し気分が塞いだ。
というのもアパレルを学び、働き始めたばかりの私は消費を煽り続けなければならない業界にちょっとした嫌気がさしていたからだ。
洋服は好きだが、ひたすらに流行を作り追いかける意味はあるのだろうかなどと、過労も重なった当時の私は思い悩む機会が多かったように感じます。
そんなことをぼんやり考えていると直ぐにエレベーターは三階に到着。
しかし背後にいる筈の女性が降りる様子はありません。
もしかして地下の店で飲み過ぎて動けないのかな?などと思いながら振り返ると、どういう訳か女性が居ない。
消えている。
何故だろうと驚きはしました。
しかし深夜までの残業が続いていた私は、とうとう幻覚でも見たのかと閉じかけのエレベーターの閉じるボタンを数回押すなどしながら目的である四階へと深くは考えず急ぐことに。
お目当てのバーに到着してドリンクをオーダーしつつ、仕事が忙しいことなどスタッフに少しばかり愚痴をこぼしていました。
そしてふと会話が途切れたとき、さっきエレベーターで起こった不可解な出来事を思い出したので話してみることに。
「一緒に残っていた女の子がいた筈なのに居なくなっちゃって」
そうすると私の愚痴に付き合ってくれていたスタッフは少し神妙な顔付きになって、その女性はこんなバッグを持っていなかった?と……
スタッフが口に出したのは数年前に流行った例のバッグ、彼女が持っていたあのバッグだ。
ブランド名と形などをぴったり当てられて驚いた私はひたすらに頷いた。
女性が着ていたワンピースのこと、お洒落だけど数年前を感じさせる雰囲気のこと、三階のボタンを押していたこと。
それらを一気に話してから何故それを知っているのか尋ねてみた。
そうすると他のお客様から年に一度くらいは消える女性の話を聞いているとのこと。
私はここにきてやっと背筋が凍るようなゾッとする感覚に襲われました。
ただ上手くは説明出来ないものの、その感覚は恐怖より不思議さが強かった気がします。
ちなみにそのスタッフは消える女性について聞きはしても実際に見掛けたことは無いとのこと、また他のお客様も怖がるというよりは不思議そうにしているとのことを知りました。
私もその店には何度も行っていましたが、その女性を見掛けたのはその日が最初で最後となりました。
帰りのエレベーターはやはり怖かったので一階までスタッフに見送って貰ったり、次に行ったときもヒヤヒヤしたけれど例の女性と遭遇することはありませんでした。
その出来事がきっかけとなったのか、暫くしてやはり私はアパレル業界のスピードには向いていないと考え転職をする運びとなりました。
現在はマイペースながら古くなった洋服をリメイクする仕事に就いており体調も回復。
それは消えた女性から疲れ果てた私への贈り物だったのかもしれません。
とはいえ本当に何だったのか真相は未だに分からないままです。
幽霊といえば井戸やテレビから飛び出してきて、這いずりながら追ってくるような怖いものだとばかり思っていたので……
当たり前のように立っている人が実は存在しない何かだったりをするのかもしれないと今も時々考えることがあります。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)