怪文庫

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笑う人形

若気の至りといいますか、いわゆる心霊スポットと呼ばれる場所に行ったんです。

 

学生だった当時のバイト仲間でもある友人と一緒に、隣の県の廃墟に行きました。

 

ラーメン屋のバイト明けだったので深夜でしたね。


地元ではどうだったかはわかりませんが、ネットでは結構有名だったんですよ、その廃墟。

 

複数人で行くとその中で一人は頭がおかしくなるとか、取り憑かれてしまうとか。


でも詳細は上手いこと書かれていなくて。そんなネットの書き込みもまた、私のような好奇心に駆られて廃墟に向かう若者を増やす要因にもなっていたのでしょう。

 

友人の運転する車で到着した廃墟の目の前で、カメラを回そうと言い出したのはどっちだったか。

 

端末を構えていたのは友人でした。


廃墟と銘打っていましたが、外観はごく一般的な住居のようでした。

 

窓が割れていなければ、「もしや普通に住人がいるのでは?」と過ってしまうような。想像より建物があまり痛んでなかったんですよね。

 

ネットの情報と擦り合わせて「やはりここだ」と確信を持った私たちは、意を決して玄関から中に入りました。

 

一歩入った瞬間に、聞こえてきたのはクスクスと笑う声でした。


最初は自分たちの他にも肝試しに来ているグループがいるのかと思いましたが、聞こえてくるのは笑い声だけで足音や他の物音は一切聞こえてきません。


女性か、変声前の子どもか。そんな高い笑い声が奥から延々響いてくる。

 

異様で異質な現象に背後の友人を振り向くと、友人は端末を構えたまま前方を凝視して固まっていました。

 

友人もまた衝撃を受けている。彼をこれ以上奥に進ませるのも気が引ける、と思った私は、友人に声をかけることなく一人で奥に歩を進めました。

 

クスクス、クスクス

 

大きく笑いたいのを堪えているような、愉悦のようなものを含んだ笑い声は次第に増えていき、建物の最奥の部屋の襖前に立つ頃には笑い声以外の音は何も聞こえなくなっていました。


襖に手をかけ左右に開く。

 

中は壁三面をおびただしい数の人形が埋め尽くしていました。


襖を開けた瞬間に笑い声は割れんばかりに響き、脳の奥で「ああ人形たちが笑っていたんだ」と納得しました。

 

芯が冷えたように、妙に冷静に納得していました。

 

 

部屋の中に一歩入り、中央で立ち止まると『ゴトン』と音を立て足元に何かが転がってきました。

 

ゴロン、ゴロンと回転しながら近付き、つま先に当たり止まった人形の頭部。


絡まった髪の隙間から覗く目玉と視線が合った瞬間。

 

ぁは、あはぁは、
あはははははははははははは!!!!

 

甲高い、鼓膜を破ろうとしているかのような笑い声が人形の裂けた口から響きました。


私はその場から微動だにできず、ただただ人形が目を剥きながら笑うのをジッと見ていました。

 

不思議なことに頭は芯が冷え切ったように澄んで、内心も焦燥や怯え、恐怖といったものは無く穏やかでした。

 

凝視していた時間もどのくらいかは正確にはわかりませんが、しばらく後に急に視界から人形の頭が消えました。

 

「逃げるぞ!!!」

 

玄関で固まっていた友人が、後ろから追いついて人形の頭を蹴ったのだと。

 

友人に腕を引っ張られながら、縺れる足を転ばないように動かしながら、どこか他人事のように状況を整理していました。


玄関を出て車の助手席に押し込まれ、運転席に飛び乗った友人は乱暴に車を発進させました。


近くのコンビニに着く頃、やっと脳が先ほどの光景は常軌を逸していたのだと実感し始めたらしく、同じ光景を目の当たりにしてショックを受けているだろう友人に労いの言葉をかけました。

 

友人はしばらく私を凝視した後、「明日寺に行こう」とだけ言いました。

 

その後は私も友人も、特に何事もなく過ごしています。

 

翌日お寺に行って色々して頂いたのが効果があったのかもしれません。


ネットの口コミだと、その廃墟に行った者の中の一人は取り憑かれると言われていたので、自分たちには何も起きなくて安心しています。


でも、あの廃墟には二度と行かないと思います。

 

もう行く必要もありませんしね。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter