私の出身地の話です。
少し前までは他言無用の空気でしたし、外部に漏らしたらその犯人捜しが始まるもの……みたいでしたが(母親談)、今は町人の流出が激しくて話の出どころなんてわからないかと思います。
かくいう私もあの町から出て暮らしている身ですので、これを書いても大丈夫でしょう。たぶん。
少し怖いのでフェイクを入れますが、多少の矛盾点は許してください。
場所は西日本の山間部とだけ書いておきます。
簡単に言うと、夏と冬で年に二回、お祭りの風習があります。
祭の夜に、くじ引きで選ばれた大人一人と七歳以下の子供一人が二人セットで、祭りの夜に蝋燭とお菓子を持って山に入ります。
行先は神社などではなく、山道の途中にあるお地蔵様です。
七体並ぶお地蔵様のうち一体だけに前掛けがしてあるので、そのお地蔵さまにお菓子をお供えしてお参りをするんです。
お地蔵様一体一体に礼をしながら道を過ぎ、道なりに歩いていけば、ぐるりと一周して元の町に戻ってこられるというものです。
大まかに説明するとその程度で、怖いことはありません。ただその風習でおかしな点がいくつかあります。
一つめ、前掛けをしているお地蔵様の位置が毎回変わっている。
二つめ、祭りの晩に選ばれる大人と子供の血が繋がっていてはいけない。
三つめ、お地蔵様の前掛けが赤でなくなっていたら『失敗』とされる。
以下は体験談になります。長くなりますが、お付き合いください。
当時の私は六歳でした。年に二回のお祭りを楽しみにしていました。
夏には花火や屋台だってあるし、可愛い浴衣も着られるし、いま考えたって普通のお祭りです。
太鼓や笛の音がし始めて三十分くらい経った頃、町長の家の前に七歳以下の子供が集められます。親たちが取り囲む中、おみくじの筒みたいなものをがしゃがしゃ振って、赤い棒が出てきたら当たり。
その年の夏は私が決まりました。
友人たちが羨ましそうな顔をする中、大人たちだけが妙に無表情だったのを覚えています。
大人たちの中から父と母が抜けて、次は大人たちがくじ引きをします。結果、あまり話したことのない家のおばさんに決まりました。
前掛けをしているお地蔵様の位置が、毎回変わっている。そういう話があったから、前回のお祭りでお地蔵さまを見た友人に、あらかじめ位置を聞いていました。一番端っこです。
おばさんと私は手を繋いで、おばさんは蝋燭を、私はお菓子を持って、山道に入りました。
おばさんはしきりに「怖くないからね」「大丈夫だからね」と私に言っていましたが、むしろおばさんの方がずっと怖がっていたように思います。
昔のことなのでよく覚えていないのですが……。十五分くらい歩いたかな? そうして見えてきたお地蔵様は、どう見ても普通のお地蔵様です。手前から一体ずつ礼をしました。
一番端っこ、一番端っこ、と心構えをしていましたが……赤い前掛けのお地蔵さまは、三番目でした。不意を突かれた心地になって、一瞬固まってしまったことをよく覚えています。
礼をするのも忘れて見入っていると、おばさんが勢いよく私の頭を押して、無理やりに礼をさせてきました。お地蔵様よりおばさんが怖かったです。
前掛けの色は赤で目立ちますし、他は何も着ていないので、見間違えようもありませんでした。
私は何事もなく儀式を終えて山道を進み、親の元に帰りました。
お祭りはまだ終わっていなくて、太鼓や笛の音もしていて、その中にお経みたいな声がしていたのは気のせいと思いたいです。
次に思い出すのは、私が八歳になってくじ引きに参加できなくなった冬の祭りの時です。
儀式に行った二人が、三時間経っても帰ってきませんでした。
手順は私と同じのはずです。暖かい地域で雪も薄く、防寒を怠らなければ問題なく行える儀式なのに。
今日は早く寝なさいと言われても眠れなかった私は、自分の部屋で布団に入りながら、外の声をじっと聴いていました。
さすがにおかしいと思った大人たちが山に入ったようです。
そして帰ってきて、
「緑だ、緑だった」
「色が違う」
「失敗だ、ちくしょう」
とかなんとか口々に言っていました。私はあの前掛けのことだと直感的に理解しました。
儀式に向かった二人の、子供は小柄で甘えん坊な五歳の女の子です。大人は、私の友人のお父さん(私はおじさんと呼んでいました)です。
二人は結局帰ってきませんでした。
一週間くらいしてから、ある噂が流れました。
あの子とおじさんは、血が繋がっている父子だったと。
つまりあの子は、あの子の母親とおじさんとの不倫でできた子だったと、学校内でまことしやかに囁かれました。
私の友人は父親の真っ黒い噂に耐えられなくなったのか、祭りから約十日後に不登校になってしまいました。それ以降は一度も会えず、私は九歳で今の土地に引っ越しました。
七体のお地蔵様で山間部。というところで、オカルト好きなら『七人ミサキ』を想像するかと思います。けどお地蔵様の位置とか前掛けとか血の繋がりとかが、一体どうしてそんなに重要なのかがまったくわかりません。
親は何も話してくれないし、忘れてほしいというようなことも言っていました。
この変な儀式に心当たりがある方、いらっしゃいますか?
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)