あれは私が京都に住んでいたときのことです。
当時私は大学の二回生でした。将来の不安などまだほとんどなく、私は所属していた旅行サークルの仲間と遊び回る気楽な毎日を過ごしていました。
私たちはよく誰かの家で飲み会をしていましたが、酒がすすんでくると決まって誰かが「肝試しに行こう」などと言ったものです。
そして私たちは夜中の町を自転車で走り、京都に無数にあると言われる恐怖スポットの数々を訪れるのでした。
私たちは怖い話や怪談がそろって大好きでした。深泥池、大文字山、平安神宮…… 私たちは男ばかりでそんな場所をいくつも訪れ、ときには大声で笑ったりもし、ずいぶん近所迷惑なことだったに違いありませんでした。
私と仲がよかった男が、名前を田中としておきましょうか。その田中がとりわけそうした酔狂な遊びを好んでいました。
あの日もやはり、その田中が肝試しに行くことを提案したのです。
五人の仲間が集まり、田中の家で酒を飲んでいました。
田中は「伏見稲荷に行きたい」と言いました。私は写真では幾度も見たことがあるものの、実際に訪れたことはなかったので、すぐに賛成しました。
しかしやはり私たちの仲間のひとりである斎藤は、これも仮名ですが、なにやら不安そうな顔をしているのです。
斎藤は普段はこんな悪ふざけには率先して参加する陽気な男でしたので、私は奇妙に思い、理由を尋ねました。
「夜中の伏見稲荷は、よくないんだ」斎藤は言いました。
「なにがいったいよくないんだ」田中が聞くと斎藤は、
「連れていかれる」と絞り出すような声で言いました。
「連れていかれる? どこに?」私が聞くと斎藤は、
「わからない。でも本当なんだ」
今にも泣き出しそうな声で言いました。
周りの皆はそれを聞くと大声で笑いました。
「面白いじゃないか。ますます行きたくなった」
田中は笑いながら言いました。そして私も斎藤の臆病を皆といっしょに涙が出るほど笑ったのでした。
結局斎藤も私たちに押し切られる形で伏見稲荷に行くことになりました。
その日飲み会をしていた田中のアパートから自転車で30分ほど進むと伏見稲荷大社に着きます。
もう夜中の1時だったので、道路にもほとんど人どおりはなく、静まり返っていました。
田中や私はそれでも陽気に会話をしながら自転車をこいでいましたが、斎藤だけは終始無言でうかない顔をしていました。
やがて私たちは大きな鳥居の前にやってきました。そこが伏見稲荷大社の入り口でした。
人は誰もおらず、ただ山の上の方に向かって無数の鳥居が並んで、ぼんやりとした光に照らされていました。
私たちはテレビや写真でみる伏見稲荷の美しい姿と、今目の前にしている別世界への入り口のような不気味な光景との落差に圧倒され、しばらくの間無言になりました。
正直に言うと、私は今来た道を引き返したい気持ちでいっぱいだったのですが、斎藤を馬鹿にした手前、そんなことを言い出せようはずもありませんでした。
「さあ行こうぜ!」
田中が大きな声を出しましたが、それも無理やり陽気にふるまっている、という感じなのでした。
鳥居の数は本当に無数にあるかと思われるほどで、ひとつ鳥居をくぐるごとに自分たちが慣れ親しんだ世界から遠ざかっていくかのような感覚を覚えるのです。
田中によると、参道は山の上の方を通り、ぐるりと回って全部で3キロメートルほどの行程です。それを歩こうというのでした。
斎藤は相変わらず浮かない顔をしていました。
「なあ。おまえは何をいったい怖がっているんだ?幽霊でも出ると思ってのか?」
私はたまらず斎藤に尋ねました。
「親戚のおじさんが言ってたんだ。夜中に参道を逆回りしている参拝者は生きている人間じゃないって。絶対に顔を見るなって。その人の子供が行方不明になって、まだ見つかってないんだ」
飲み会をしていたときと異なり、実際に深夜の伏見稲荷で斎藤の言葉を聞いてみると、そんなことがあるかもしれないと思わせる雰囲気でした。
「夜の散歩は気持ちいいなあ!」田中が叫びました。
しかし田中の声は黒々とした木々の中に吸い込まれ、あとには不気味な静寂が残るばかりでした。
私たちはさらに進みました。道の片側には一定間隔で灯篭が配置され、誰がつけるものか燈明がともされていました。
その時、私たちは向こうからやってくる人影を見たのでした。
それは確かに人の姿をしていましたが、男であるか女であるか、若いのか年取っているのか服をみても不明で、一歩足を進めるたびに奇妙に横滑りするのです。
それはいままでに見たことのない動きでした。私たちはみな即座に斎藤の話を思い出しました。
それはしだいに近づいてきました。道はせまく、横に逃げることはできそうにありません。
「顔を見ちゃいけない。顔を見ちゃいけない」
私はそのことばかりを考えていました。
それとすれ違う瞬間、全身から冷たい汗が噴き出すのがわかりました。私は早く通り過ぎてくれることをただただ祈っていました。
それがはるか後ろに去ってしまうまで私たちは誰一人口をきかず歩き続けました。
しだいに速度が速くなり、ついに誰かが走り出すと、決壊が破れたように全員が走り出しました。私はいつの間にか涙を流していました。
どこをどう走ったものか、気が付くと私たちは伏見稲荷駅の前に立っていました。
全員そろっていることに私は安堵しました。
帰りの自転車で、田中は「幽霊の顔を見た」と言いました。
しかしそれがどんな顔であったのか、田中は教えてくれませんでした。他には誰も幽霊の顔を見た者はいませんでした。
私の体験は以上です。あれは本当にこの世のものでない何かだったのでしょうか。それともただの夜の参拝者だったのでしょうか。
しかし、田中が数日後に突然姿を消したことを考えると、あれはやはり人間ではなかったとしか私には思えないのです。
もしかしたら、田中はいまだに伏見稲荷にいるのではないでしょうか。
そして、私たちが見た怪しいものと同じように、参道を回り続けているのではないでしょうか。そんな気がしてならないのです。
あれから10年たった今でも、私は伏見稲荷を再び訪れていません。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)