配信者

私は25歳の社会人だ。

高校卒業後、大学進学をきっかけに地元を離れ、そのまま大学のある地域で就職をして一人暮らしをしている。

毎日会社と家の往復で、趣味は推しのVtuberの配信を見ること。

怖い話をするのが得意なVtuberで、かわいい女の子がかわいい声でぞっとする怖い話をするというギャップにハマった。

派手さはないけど、今の生活でも十分楽しんでいる。

ある日、推しのライブ配信を見ていたらすっかり夜遅くなってしまったが、明日は土曜日で仕事が休みだからいいかと、さらにスマホゲームをして夜更かしを楽しんでいた。

3時くらいになり、トイレに行きたくなった。

 

私の借りている賃貸はマンションで、私は5階に住んでいる。

間取りは1Kで、トイレは玄関を入ってすぐ横にあり、その隣には浴室がある。

玄関ドアの上部は曇りガラスになっているため、共用部分の証明が入ってくるためわざわざ玄関の電気を点けなくてもいつも少し明るい。

部屋からトイレまで移動するには十分な明かりなので、いつもトイレやお風呂くらいなら電気を点けないで移動している。

だから今も電気を点けずにトイレの前まで来た訳だけど、いつもならそのままトイレに入るのに、今日はなぜか玄関ドアに目がいき、その瞬間血の気が引いた。

少しずつ玄関の鍵がひねられて開けられている最中なのだ。

誰かいる…このドアの向こう側に…!

とっさに声が出そうになったのを耐え、トイレから少し離れた。

 

住んでいる部屋の玄関ドアは、郵便ポストが防犯対策でボックス型になっており、右側が空洞になっているタイプのものだ。

ということは、玄関ドアの正面と左側に立てば相手から郵便ポストを開かれて部屋を覗かれても私の姿は見えないはず…

とっさにそう考えた私は、玄関ドアの左側に回り、今開けられている最中の鍵の下にあるもうひとつの鍵をゆっくり捻って閉めた。

私の家は二重鍵になっているのだ。

いつも面倒で上の鍵しか閉めなかったことを後悔しながら、息を殺して静かに施錠した。

私が下の鍵を施錠するのとほぼ同時に、上の鍵が開錠された。

どうするんだろう…ドキドキしながら様子を見ていると、ゆっくりドアノブが回された。

開ける気だ…!鍵はかけた…!大丈夫、大丈夫なはず…!

心拍数がとんでもなく早いのを感じる。

身体全体が心臓になったように全身に心拍を感じる。

怖いけど、今この場から離れるわけにいかない…

そう思って様子を見ていると、ドアが引っ張られ、「ガチャン」と鍵が引っ掛かる音を立てた。

よし、防いだ…!この隙に、上の鍵もゆっくり施錠しよう…

そう思ってゆっくり施錠していると、今度は下の鍵がゆっくり開錠されている。

まずい、急がないと!

上の鍵をゆっくり施錠しながら、そばにあるドアガードも音を立てないように施錠させる。

でも、ドアガードって破られる可能性があるから防犯機能そんなに高くないって聞いたような…

そう思いながらも、ゆっくり施錠する。

またしても私が施錠するのと家手が開錠するのは同時だった。

お互いにこっそり鍵をかけかり開けたり、何してるんだこんな深夜に。怖い。

トイレだからスマホをベッドに置いてきたことを深く後悔している。

こんな状態じゃ玄関から離れられない。

恐怖で一瞬忘れていたけどトイレにも行きたいのに。

そう考えていると、またゆっくりとドアノブが回される。

そしてゆっくりドアを引っ張られ「ガチャン」と鍵の引っ掛かる音がした。

数秒、相手の動きが止まった。

どうしよう。どう来る?どうしたらいい?

怖くて仕方ない、このまま諦めてくれないだろうか。

 

そして数秒の沈黙の後

 

ドンドンドンドン!!!!

 

玄関ドアを思いっきり叩かれた。

 

「ひっ…」

 

思わず声が漏れた。

至近距離でドアを何度も乱暴に叩かれている。

怖い、この場から離れたい、でも離れたら鍵を開けられて中に入ってくる!

とっさに開錠された下の鍵も施錠し、相手の視界に入らないように小さくなって鍵だけを見ながらとにかく耐えた。

 

おそらく20秒もないくらいの短い時間だったのだろうけど、私の体感時間は数十分という長時間だ。

隣の部屋に住む男性が部屋から出てきてくれた。

「事件ですか?」という男性の声に答えず、玄関ドアの目の前にいた人物は走って逃げていく音がした。

隣人の男性にお礼を言いたかったけど、私は怖くて玄関を開けられず、申し訳ないけど明日お礼を言おうとすぐにトイレに行ってから、急いでベッドのスマホを取りに行った。

警察は今?部屋にいるのは怖いけど外にでるのも怖いからどうしたらいいかわからない。

とりあえず通報しつつ相談しよう…そう思ってスマホの画面を点けると、1件の通知が来ていた。

推しが配信後にSNSに投稿していた通知だった。

時間は結構前だけど、スマホゲームをしていて気付かなかった。

今の最優先は通報なのに、ついいつもの癖で指が勝手にSNSを開いていた。

そして開かれた画面には、推しが「今日はとっても楽しかったよ♪今日は戸締りにしっかり気を付けてね!さもないと…!?」という文章を、鍵を持ってウインクした可愛いイラストと一緒に投稿していた。

それを見た瞬間また血の気が引くのを感じた。

え、今の推し?嘘だよね?

そう思ったところから、視界がぐにゃりと歪んで記憶がない。

気が付けば朝になっていて、私は床に倒れていた。

とっさにスマホの画面を開くと、推しのVtuberはアカウントが消えていて今までの配信動画もSNSも一切残っていない。

奇妙なのが、そのVtuberの存在すらなかったように関連ハッシュタグなども一切なくなっている。

どういうこと…?

 

理解ができなかった私はとっさに隣人を訪ねて、昨晩のお礼を言った。

隣人の話では、小柄で全身真っ黒にした人物が私の部屋のドアを両手で叩いていたらしい。

ということは、昨晩のはやっぱり夢じゃない。でもVtuberの存在が消えている。

とにかくこわくなった私は、その日から部屋を出てホテル生活をしたあと、別の部屋に引っ越した。

今でもあれは何だったのかわからない。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter