父方の親族は「見える」人たちばかりで、彼らの体験談をよく聞かされていた私は、幼い頃から、いわゆる「実話系怪談」に触れて生きてきました。
しかし、私自身はうっすらと「なんかここ、いやだなあ」という気配を感じたりする程度で、ハッキリと姿を見たり、体調に異変をきたしたりということはありませんでしたので、そういった体験をすることを、ちょっとなめていた節があります。
恥ずかしながら心霊スポットなどにも進んで遊びに行ってしまうような、ある意味怖いもの知らずというか、怖いものを知らないがゆえの、無鉄砲な若者でした。
そんな私が、20代のころに経験したちょっと不思議な体験のお話です。
同棲が視野に入っていたこともありますが、前述の通り「なんかここいやだなあ」がうっすらわかる、という特技を買われた私は、当時付き合っていた彼氏が引っ越す際に、内見に付き添うことになりました。
当日はあらかじめ連絡していた大手の不動産屋さんに同行し、感じのいい担当のお兄さんに案内されて物件を回ることになっていました。
彼の条件の希望に合致する物件が4つほどあったということで、その全てを案内してくれるということです。
全ての物件が駅から近い、買い物に便利、など、それぞれに利点があってきれいな部屋ばかりだったので、彼とも「これなら家賃だけで選んでもよさそうだね」なんて話しながら、新生活に期待を膨らませ、移動時間も楽しんでいました。
最後に見に行ったのは、事前に不動産屋さんでプリントアウトした物件情報を見る限り、エリアや間取りの割に家賃が安かったため、彼の中では第一候補になっていた物件です。
そのマンションは、私の住んでいた市内で一番大規模な夏祭りを開催するような、大きな公園の近くにあり、街の中心部にも近い便利な地域にありました。
外観は新しくはないものの、比較的大きくてきれいな建物だったのを覚えています。
マンションの前に車を停めて降り、近隣にあるお店や施設などについての説明を聞きながら正面玄関に差し掛かった時でした。
私は突然、今までに経験したこともないような強いめまいと吐き気に襲われ、立っていることもできなくなってしまったのです。
声を出すこともままならなくなった私に彼は気が付きましたが、車移動が長かったこともあって酔ったのだろうと思ったようです。
私にマンション前にある自動販売機で買った飲み物を渡すと、少し休むように言ってくれました。
不動産屋さんのご厚意で車で休ませてもらうことになった私は、後部座席で横になっているにも関わらず、具合は悪くなる一方。
それは次第に目も開けていられないほどになり、私は気を失うように眠りに落ちてしまったのです。
その時見た夢の中で、私は知らない場所の台所に立っていました。
ただし料理をしていたわけでもなく、自分でもわからない何かへの怨み事をブツブツ呟きながら、ひたすらその場をウロウロしているのです。
水道とガスコンロの間を、ただ何かに悲しみ、ひたすら憎み、何かを考えながら、延々と、ウロウロ、ウロウロ―。
その後、20分足らずで彼と不動産屋さんは戻り、体調に気を使ってもらいながらマンションを離れたのですが、車がその場を離れると、2分ほどで嘘のように気分がよくなりました。
単なる車酔いでここまで具合が悪くなって、そしてこんなにすぐ気分がよくなるものだろうか?と疑問に思いましたが、その後は具合が悪くなることはなく、無事に帰宅することができたのです。
結局、彼はそのマンションとは別の物件に住むことを決め、別れてしまうまでの数年間を新しく決めた家で仲良く過ごしました。
そんな体験をしたことなど、すっかり忘れていたのです。
破局してから数年後のある日のことです、彼からラインが届きました。
別れてしまった後も彼とは友人として時折連絡をとっていたのですが、いつもはスタンプや絵文字を使って比較的かわいい文章を送ってくる彼にしては珍しく、文面はただ「ここでお前具合悪くならなかった?」のみ。
そのラインには、有名な事故物件掲載サイトをスクリーンショットで撮影したと思しき画像が添付されていました。
拡大して表示すると、そこにはうっすらと記憶にある、あの日見に行った、あのマンションの名前。
そして部屋番号と、「入居者の女性がガス自殺、その後入居した女性もマンション前で交通事故死」という概要が書かれていました。
驚いた私が返信すると、彼から「あの日見に行ったのがその部屋だったか定かではないけど、階は同じだったなあと思って」と更に返信が。
あの日、建物の入口前で突然私の体調が悪化したのを見ていた彼は、たまたまその物件のことをよく覚えていたのだといいます。
その件については彼の「すごくよさそうな部屋だったんだけど、不思議とあそこは住む気にならなかったんだよね」「あの時、お前がマンションの中に入ってたら何を見たんだろうね~」という一言に適当なスタンプで返信し、その件やり取りは終わりました。
あの異様な体調不良や、夢の中で沸き上がった、わけのわからない何かへの憎しみが霊的な体験だったのか、あるいは単なる偶然の産物だったのか、ハッキリと姿が見えない私には、今もわかりません。
ただ、ここまでタイミングが合致することもそうそうあるとは思えず、とても不思議な気持ちになりました。
もしもあの日、あの場所に足を踏み入れていたら、彼があそこに住むことを決めていたら、私はどうなっていたのでしょう。
そのサイトに、三人目として名を連ねていたのでしょうか。
そのマンションは、今も賃貸情報が出ています。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)