私が幼稚園に通っていた頃のことです。
当時の私はかなり内気な子供で、友達とわいわい遊ぶというよりは一人で空想にふけるのが好きな子どもでした。
だからなのか、自由時間もそとで遊ばず一人でクラスの部屋にいてお絵描きしたり絵本を読んだりしていることが多かったです。
その日も、何の変哲もない午後でした。
園児たちは昼食を食べ終えて、自由時間になりました。みんなはそとで遊んでいるなか私は一人でお絵描きをしていなのですが、そのときふと天井に目がいきました。
外からの光が天井に反射していたのですが、そこに何故か人影のようなものが浮かび上がっていたのです。
私は子供ながらに不思議に思って周囲を見渡したのですが、人影になるような物は見当たりません。
もちろん最初はカーテンの影か何かだと思いました。でも、よく見てみると違う。影というより、「人の形」をしているんです。
頭と胴体、腕と脚らしきものが、天井にぴたりと吸いつくように伸びていました。
今思い出すと、原爆記念館で見た壁に残された黒い人影に近い印象かもしれません。
私はしばらく、その黒い影を見つめ続けました。
怖いという気持ちは不思議と湧いてきませんでした。むしろ、なぜかその影を「サンタさんだ」と思い込んだんです。
なぜサンタだと思ったのかは自分でもわかりません。特にクリスマスシーズンというわけでもなかったと思います。
しかしなぜか幼稚園児の私には、その黒い影がサンタさんのシルエットに見えたのです。
「わあ……サンタさん、天井から見てる」
私はなんとなくワクワクした気持ちになりながら、そのサンタさんを見上げていまたした。
おそらくその不思議な光景が子供心に楽しかったのだと思います。
その日も、それ以降も特に何事もなく過ぎていきましたが、やっぱりそこには黒い影がありました。
それからも何度も、幼稚園にいくたびに私は天井を見上げました。
その影は毎日いるわけではなく、見える日と見えない日がある。でも、影が現れるのは決まって正午だったように記憶しています。
それに決まって一人の時に限ってそれが見えていました。
私はその不思議な光景を誰に話すでもなく、ただ眺めていたのです。
次第に私は、その影の存在を当たり前のものだと思うようになりました。
サンタさんはプレゼントをくれるだけじゃなくて、普段から子どもたちを見守っているんだ。
きっといい子にしているか確認してるんだろう。そんなふうに思っていたのかもしれません。
けれどある日、いつもとは違うことが起きました。
そのれはお昼寝の時間におきました。
みんなぐっすり眠っていましたが、私はなかなか寝つけず、例のように天井を見上げていました。
お昼寝の時間は部屋が暗くなりますし影もできないのでいつもは例の影が見えることはないのですが、なぜかその日は例外で、暗闇のなかでもくっきりと人影が見えたのです。
そして私が不思議に思って見ていると、なんと黒い影がゆっくりと動き始めたのです。
手のような部分を伸ばし、天井を這うように進んでいく。
無音で、ぬるりと。
例えるのならまるで壁を這うヘビのような、奇妙な動きでした。
私はごくりと唾を飲みました。
そのとき初めて怖い、という気持ちが少しずつ胸に広がっていきました。
サンタさんは、煙突からやってくるはずだ。天井を這うなんて、おかしい。
そして影は蛍光灯から離れ、私の真上までやって来ました。
黒い顔のような部分が、はっきりとこちらを向いた気がしました。
瞬間、私は反射的に布団をかぶって目を閉じました。
心臓が煩いぐらいめちゃくちゃに打ち苦しくなりながら、見つからないように必死に行きを殺しました。
ですがそのとき、耳元でふっと生ぬるい息がかかったんです。
思わず目を開けそうになりました。でも、怖くて開けられない。ただひたすらに震えて、時間が過ぎるのを待ちました。
気づけばお昼寝の時間が終わっていました。おそらく寝てしまったのだと思います。
恐る恐る布団から顔を出すと、そこにはもう影はいませんでした。
それからというもの、影はいつも通りそこにいましたが、私はその影を「サンタさん」だと思えなくなりました。
けれど、当時は誰にもそのことを話せなかったんです。むしろ話せなかったというより、恐怖心はありましたが、当たり前になりすぎて話さなかったのだと思います。
やがて私は小学校に上がり、その幼稚園を離れました。
黒い影のことも、次第に思い出すことがなくなっていきました。
あの黒い影は子どもの頃の妄想や夢だったんだろう、いつしかそう思うようにもなっていました。
ところが、大人になってからです。
高校の同窓会で偶然地元に帰ったとき、幼稚園時代から同じだった友達と話をしたときのことです。
するとその子が、こんなことを口にしたんです。
「ねえ、変なこと言っていい?あの幼稚園ってさ。時々天井に人みたいなのが張りついてなかった?」
私は言葉を失いました。
私だけの空想じゃなかったんだ、と。
彼女は続けてこう言いました。
「私ねなぜかそれをサンタさんだと思ってたんだよ。変な子供だよね~」
全身に鳥肌が立ちました。
私が体験したことと、まったく同じだったんです。
あれは一体、なんだったのでしょうか?
著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)