体育座りの少年

僕がCM制作会社に勤めていた頃の体験した話。

僕は当時まだ入社して数年目で、どんな仕事にもがむしゃらに食らいついていた。

その日はある車の新型モデルのCM撮影を担当することになり、撮影候補地として「郊外の古いトンネル」が候補に上がった。

 

昼間に行けば楽なのだが、現場のディレクターから「昼間は交通量が多すぎる。深夜にロケハンしてこい」と言われた。

言われたら行くしかない。眠気を誤魔化しながら、カメラとライトを持って車を走らせた。

しかし好きな音楽を聴きながら、お菓子をつまみ、先輩や上司の顔色を伺わずにいられる1人車内で向かう道中は気が楽でウキウキドライブな気持ちでいられた。

 

ただトンネルへと続く山道は予想以上に暗くて心細かった。

街灯はぽつりぽつりとしかなく、窓の外は真っ黒な闇が広がっている。ウキウキドライブだった気持ちが急に不安な気持ちになり緊張感に包まれた。

 

その時、視界の端に人影がよぎった。

道の脇に杖をついたおじいさんが歩いていた。

時刻は午前二時を過ぎていてこんな山奥の道を、老人が1人で歩いている。

道に迷ってしまったのか?それとも早朝すぎる散歩?どちらにしろ声をかけようかと思い車の速度を落とした。

 

しかしなぜか窓を開ける勇気がでなかった。

 

そのままその場を過ぎ去りバックミラーで確認すると、おじいさんは無表情のまま、こちらをじっと見つめていた。

 

背筋がピンっと凍りなぜか恐怖を感じた僕はその視線を振り切るようにアクセルを踏み込み、視界が悪い山道を猛スピードで走らせた。

 

そんな軽い恐怖体験をしながらもなんとかロケハン現場のトンネルに着いた。

外灯は壊れているのか灯りはなく、入口は闇の口を開けているように見える。

こんな所で車を撮影するのか……昼間に来たかったと切に思いながも、機材を手に中へ入った。

 

中は予想以上に静かで、わずかな物音も何倍にも反響する。

足音がカツン、カツンと響き、背後から誰かがついてきているように錯覚する。

その度になぜかさっき見たあの老人の顔が頭をよぎる。

さっさと仕事を終わらせてこの場を去りたい。そんな思いだった。

 

僕はライトで壁や天井を照らしながら、一歩一歩奥へと進み、途中何度も立ち止まっては音を確認する。

……水滴か。壁から落ちた水の音にすぎないのに、心臓はやけに早く脈打っていた。

 

しばらく進んだときだった。

視界の奥に、何かが見えた。

トンネルの壁にもたれて、小さな影がうずくまっている。

体育座りをした少年のように見えた。

……子ども?なぜ子どもが、こんな深夜に、こんな場所で。頭の中で疑問が渦巻くと同時に体が硬直する。

しかし本当に子供なら命の危険もあるかもしれない。

老人には声をかけられなかったけど恐怖を潰し、勇気をだし「大丈夫?そこで何してるの?」と声をかけた。

ここはトンネルの中だ。声は響く、どんなに小さい声でも聞こえないってことはないはず。

しかし、体育座りをした子供の返事はなし。

 

勇気を振り絞って一歩踏み出した瞬間、その子供はフッと消えた。

慌ててライトを向けたが、やはりそこには誰もいなかった。

 

一瞬で正気でいられなくなった僕は直ちに帰ることにした。

このままでは頭がおかしくなりそうだった。

 

出口まで走り抜けようとした時、背後でコツンと音が響いた。

足音だ。自分のものではない。誰かが後ろをついていきている。

振り返る勇気はなかった。

だが、次の瞬間、トンネルの奥から子供の笑い声のようなものが聞こえた。

乾いた声。甲高くどこか遠くから反響してくる。

 

全身の毛が逆立つ。

必死に走り出し、やっとの思いで出口が見えた。

ところが、出口の前に人影が立っていた。

 

杖をついた、あの老人だ。また無表情でじっとこちらを見ている。

背後には誰かが近づいてくる足音。

どうしよもなくなった僕はもっていた撮影ようライトを全開で照らし大声で叫んだ。

 

すると凍っていた背筋が緩み気が抜け、かなり明るくなった空間になぜか急に冷静な気持ちになった。

それと同時に目の前の老人はいなくなり背後の足音も聞こえなくなった。

 

圧倒的な光量のおかげで、さっきまで恐怖に押しつぶされそうだったのに途端になんにも感じなくなった。

この場からさっさと去ろうと思っていたのに、今は虎視眈々とトンネル内の反響音の測定をしパシャパシャさまざまな角度からトンネルの写真を撮り作業を行ったのだ。

 

一通り作業を終え、車にもどり、向かう道中で食べていたスナック菓子の続きを食べ一口コーヒーを飲み、トンネルを去った。

 

帰り道、あの老人ともすれ違わず恐怖心もなにもおきないままま会社へもどった。

 

夜中の作業も終え疲れ切った僕は、会社に戻りそのままオフィスで横になりそのまま朝を迎えた。

 

目を覚ますと、窓の外はすでに朝の光が差し込んでいた。

重たい体を起こし、伸びをする。

昨日の出来事は夢だったのか、それとも本当にあったのか、そんな曖昧な感覚に包まれていた。

 

まあ、仕事はちゃんと終えた。そう自分に言い聞かせ、カメラのデータを確認しようとノートPCに繋いだ。

画像ファイルを次々と開く。

トンネルの天井、壁、奥へと続く道。

 

ただ後半の写真ファイルで、指が止まった。

トンネルの全貌写真の片隅に、小さな人影が映っている。壁に寄りかかり、体育座りをしているように見える。

……あの時の子供だ。

 

次のファイルを開いた。

そこにもいた。また次の写真にも。別の角度、別の構図。どの写真にもその体育座りをした子供の影がうつっている。

驚いたのは撮影したはずの記憶のない写真も何枚もありその全てに小さく膝を抱えて、じっとこちらを見ている子供が写っている。

気づけば心臓が早鐘を打っていた。

背筋に冷たいものが走る。

 

そして最後のファイルを開いた時に本当に驚愕した。

 

明らかに子供がこちらを見て笑っていたのだ。

 

じめっとしたニヤリ顔は今でも覚えている。

 

直ぐにお払いをしてファイルは消去したが、結局あの場所は採用されてCMで使われているのが一番怖いオチだ。

 

著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)