私の神様

私は子供の頃から、よく熱を出す子だった。

季節の変わり目だったり、慣れないものを食べたり、運動会や遠足の前日に楽しみで眠れなかったりで原因は様々だったけど、一度熱を出すと、決まって数日間高熱にうなされるのだ。

 

そんな私を母はひどく心配していたし、それが原因で父と時々言い争いになるのも知っていた。

 

なので、「なんか熱っぽいかも」と、母に告げることが怖かった。

母は口には出さないが、「またか」と思っていることを察していた。

熱にうなされる苦しみよりも、母を失望させる方が苦しくて、弱い自分の身体が嫌いだった。

 

高熱にうなされながらベッドに横たわっていると、いつも決まって同じ夢を見た。

眠る自分を天井から見下ろしている夢だ。

部屋を俯瞰で見下ろしていると、花の絵が描かれた布団も、行儀よく並べられたぬいぐるみも、床に置かれたランドセルもハッキリ見えて、夢なのに現実みたいだ、と思っていた。

小学校高学年にあがり「幽体離脱」という言葉を知りいつもの夢が幽体離脱ということを理解した。

 

幽体離脱の間は汗をかきながらうなされている自分自身を、他人事のように眺めていた。

 

そしてしばらく眺めていると、どこからかいつも同じ人影がやってくる。

 

その人影はゆっくりと、私の寝ているベッドへと近づいてくる。

その姿は父でもない、母でもない。

ぼさぼさの髪は足元まで長く、性別も年齢も分からない長身痩躯の人影。髪の隙間から痩せ細った手足が覗いていた。

人影はそっとベッドに乗り、眠る私にそっと覆いかぶさった。

 

はじめて見たときは、ただただ怖かった。

今すぐ目覚めて、逃げ出さなければ!ただ大声を出そうとしても、声が出ない。

身体に戻れないか。っともがこうとしたが、指の先1本すら動かすことが出来ず眠る私に覆いかぶさる異形の人物を見つめながら、時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった。

 

翌日に目を覚ますと、熱は嘘みたいに下がっていた。

身体が軽くなっているし、のどの痛みも鼻水もない。まるで最初から熱なんてなかったかのように晴れやかだった。

 

その後も体調を崩すたびに、夢を見て、その人物が現れた。

次第に恐怖心も薄まり、幽体離脱が始まるとその人物の到来を待つようになった。

私はその人物を「神様」だと思うようになった。

悪い病気を持ち去ってくれる、優しい神様が、私にはついている。

 

神様が来てくれると思うと、毎年出る熱も怖くなくなった。

具合が悪くなっても、神様が来て治してくれる。私だけの秘密のおまじないを手に入れたような気持ちだった。

神様は決まって、熱が最も高くなる時にやってきて私から苦しみを取り払ってくれるのだった。

 

神様がついていてくれる、と思うと私は勇気づけられた。そのおかげか、熱を出す頻度は年々減っていき高校にあがるころのわたしはすっかり健康体だった。

夢を見ることも全くなくなったが、神様のことを忘れたことはなかった。

 

そこから数年経ち、私は就職して保険会社の営業職に就いていた。

通勤のために駅まで歩いていた日のことである。

横断歩道で立ち止まり、手元の腕時計に目を落とした。今日はいつもより早く家を出たから、一本早い電車に乗れるかも。

でもここの信号、赤になると長いのよね。などと考えていると…

 

強い衝撃とともに、私の身体は前に飛んだ。

何かぶつかってきた?背中を押された?誰かに?考える暇もなく、更に強い衝撃と共に私は空中に放り出された。

 

一瞬失っていた意識が戻ってくると、アスファルトに横たわっていることに気が付いた。

どうやら車に撥ねられたらしく、状況を理解すると同時に全身を痛みが襲った。

ぼんやりした視界の中で誰かが私に話しかけてくるが、声が聞こえない。

救急隊員だろうか、何も答えられずにいると、視界には見知ったものが飛び込んできた。

 

痩せた身体に長すぎる髪。

一目見ただけで分かった。神様だ。

意識が朦朧として視界も曖昧なのに、神様の姿形だけは、不思議なことにハッキリと捉えることが出来た。

神様はゆっくりと歩み、私に近づいてきた。

 

神様、助けて、全身痛いの、死んでしまいそう、助けて―。

神様はゆっくり私に覆いかぶさった。

そういえば、いつも上から見下ろしていたから神様の顔を見るのは初めてだ。

 

神様は、笑っていた。満面の笑顔だった。

男性とも女性とも、若くも老いても見える顔立ちが歯を見せて、目尻を下げ、嬉しそうに笑っていた。

『なんで笑ってるの、神様』

全身の痛みに耐えきれず、私は意識を失った。

 

目が覚めると、白い天井があった。

数拍あけて、病院のベッドにいるのだと気づいた。医師や警察が代わる代わる訪れ、事情を説明してくれた。

どうやら私はここしばらく付きまとわれていたストーカーに、信号待ちの際に突き飛ばされたらしい。

そういえば、ゴミが荒らされていたり、夜道に視線を感じることがあった。

 

しかし最早そんなことはどうでもよかった。

神様は、まだここにいた。ベッドの横に立ち私を見下ろしていた。顔は笑っておらず、残念そうな、怒っているような顔を私に向けていた。

 

その表情を見て私は理解した。

 

『これは、きっと神様じゃない』

ずっとずっと、私が死ぬのを待っているんだ。

幼いころ、高熱にうなされていた時にも私が死ぬと思って、やって来たんだ。

 

きっとあの顔が再び笑顔に変わるとき、私が死ぬんだろう。

そんなことを考えながら、かつて私が「神様」と信じていたそれを、今もたまに眺めている。

 

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