俺が大学生だった頃の話だ。
夏休みに帰省したとき、ゼミの先輩・Kと久しぶりに会った。Kは俺とは異なる県で隣の県内の出身で、山間の集落に実家がある。
そのときKがぽつりと話してくれたのが、この話だった。
Kの地元は、山に囲まれた小さな集落で、今では住人も十数世帯ほど。コンビニも信号もなく、夜になると真っ暗になるような場所だ。
けれど、Kはその静けさが好きで、毎年お盆には必ず帰っていた。
その年も、Kは例年通り帰省した。
お盆の夜、親戚が集まって食事をしていたとき、Kの祖母がふとこう言った。
「明日、あの家におすそわけ持ってってくれるかい?」
Kはすぐにピンときた。「あの家」とは、集落のはずれにある古い一軒家のことだ。
昔は人が住んでいたらしいが、Kが物心ついた頃にはすでに空き家だった。
けれど、なぜか毎年お盆になると、近所の家が交代で「おすそわけ」を届けるのが習わしになっていた。
「誰も住んでないのに?」とKが聞くと、祖母は「まあ、そういうもんだ」とだけ言った。それ以上は何も教えてくれなかった。
翌日、Kは言われた通り、煮物や果物を風呂敷に包んで、その家へ向かった。
昼間でも薄暗い杉林を抜け、苔むした石段を上がると、例の家が見えてきた。木造の平屋で、屋根は苔に覆われ、壁はところどころ剥がれていた。
けれど、玄関の前には小さな木の台が置かれていて、そこに風呂敷を置くようになっていた。
Kは風呂敷をそっと台に置き、手を合わせて帰ろうとした。
そのとき、ふと気づいた。玄関の脇に、まだ新しい靴が揃えて置かれていた。
白いスニーカー。泥もついておらず、まるで今しがた誰かが脱いだように見えた。
「誰か住んでるのか?」 そう思って、Kは家の中を覗こうとしたが、窓はすべて閉じられていて、カーテンもぴったりと引かれていた。
気味が悪くなって、Kは足早に家へ戻った。
夜、祖母にそのことを話すと、祖母はしばらく黙っていたが、ぽつりとこう言った。
「…あの家には、もう人はおらん。でも、あの家の“人”は、まだおすそわけを待ってるんだよ」
Kはそれ以上聞けなかったという。
それから数年後、Kの祖母が亡くなった。
葬儀のあと、親戚の一人がぽろっと言った。
「これで、あの家におすそわけ持ってく人がいなくなっちゃったな」
Kはその言葉が妙に引っかかった。
「誰も住んでない家に、なぜ毎年おすそわけを?」 「“人がいない”のに、“人がいる”ように扱うのはなぜか?」
気になって、Kは地元の図書館で古い記録を調べた。
すると、戦後すぐの新聞に、こんな記事が載っていた。
「○○集落で一家心中か 家族5人が焼死」「近隣住民の証言によると、父親は戦争から帰還後、精神を病み、家族に暴力をふるっていたという」「火の手が上がったのは深夜。遺体は全員、玄関付近で折り重なるように発見された」
その家の住所は、まさにKが風呂敷を置いた家だった。
Kはぞっとした。 あの家の前に置かれた木の台。あれは、供物台だったのかもしれない。
そして、あの新しい靴は…誰のものだったのか。
さらに調べると、戦後しばらくの間、あの家の跡地に何度も人が住もうとしたらしい。だが、どの家族も数ヶ月で出ていった。理由は「夜中に誰かが歩き回る音がする」「玄関に誰かが立っている」「台所の食器が勝手に動く」など、どれも曖昧で、けれど一致していた。
そのうち、誰も住まなくなり、家は空き家になった。
それでも、集落の人々は毎年お盆になると、順番におすそわけを届け続けた。
「供養のため」と言う者もいれば、「そうしないと、何かが起こる」と言う者もいた。
Kはその風習が、恐れと祈りの混ざったものだと感じた。誰も語らないけれど、誰もやめようとしない。それが、あの家の“重さ”だったのかもしれない。
そんな話をKがしてくれて、しばらくしてKは就職した。
おすそわけのことも次第に忘れていた、ある年の秋、Kから連絡があった。
「おい、あの家、燃えたぞ」
驚いてニュースを調べると、確かに例の家が全焼したと報じられていた。原因は不明。電気も通っていないはずなのに、内部から出火したらしい。しかも、焼け跡から複数の人骨が見つかったという。
「誰も住んでいなかったはずなのに…」 Kがぼそっと呟いた。
その後、集落では「おすそわけの風習」は消えたらしい。
家の跡地は更地になり、今では草が生い茂っているだけだという。
ただ最近Kと飲みに行った時にこう言っていた。
「今でも、たまに夢に見るんだよ。あの家の前に立って、風呂敷を置こうとしてる自分を。でも、台の上にはもう何も置けない。代わりに、あの白い靴だけが、じっと俺を見てる気がする」
「そして夢の中では決まって背後から誰かの気配がする。振り返ることはできないんだけど、わかるんだ。 あの家の“誰か”が、まだあそこにいるってことだけは……」
著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)