黒飴

結婚して、義実家で同居を始めてから初めて迎えたお盆のことです。

仏壇のある家で暮らすのも初めてで、正直なところ、まだ生活にも気持ちにも馴染みきれていない時期でした。 

 

その日の夜、理由もなくふと目が覚めました。時計を見ると、午前2時を少し過ぎた頃だったと思います。

 

家の中はとても静かで、最初は気のせいかと思ったのですが、「ぽと…ぽと…」という音が聞こえました。水滴が落ちるような、一定の間隔の音です。

 

寝ている夫を起こして、音のする方へ行くと仏間でした。

 

仏壇の上、天井の一部から水が垂れていて、畳に染みができていました。雨漏りかと思いましたが、その日は雨は降っておらず、外も屋根も濡れていません。

 

その場所だけ、なぜか水が落ちている状態でした。とりあえずバケツを置き、雑巾で畳を拭きました。

 

その時、自分でも理由がわからないのですが、突然涙が止まらなくなりました。

 

怖いというより、感情が溢れてしまった、という感覚に近かったと思います。息が詰まって、声を出して泣いていました。

 

すると、その場ではっきりと、「黒飴が食べたい」という男性の声が聞こえました。

 

はっきりとした声でした。夫に「今の声聞こえた?」と聞きましたが、夫には何も聞こえていませんでした。

 

その後、物音と私の泣き声で義父が起きてきました。

事情を説明すると、一瞬仏壇を見て顔色を変え、「塩を撒いてやれ」と言われ、私は半ば強引にベランダへ出されました。

 

泣き続けている私の頭から、義父は大量の塩をかけました。

 

髪も服も真っ白になるほどで、冷たさと状況のショックで、余計に混乱したのを覚えています。

 

その騒ぎで義母も来ました。私が「黒飴が食べたいという声が聞こえた」と話すと、義母は少し驚いた表情で、「それ、うちの父が好きだったのよ。黒飴」と言いました。

 

義母の父、つまり夫のおじいちゃんは、数か月前に亡くなっていました。

 

翌日、私たち夫婦はおじいちゃんのお墓参りに行きました。

 

行ってみると、お墓には花もなく、汚れも目立ち、しばらく誰も来ていない様子でした。

 

二人で掃除をし、新しい花を供え、私は黒飴を置きました。

 

そして、私たち自身も黒飴を舐めながら、墓前でしばらく話をしました。

 

その時、私は婚約中の出来事を思い出しました。

 

結婚前、夫に連れられて、おじいちゃんの入院先を訪ねたことがあります。「嫁さんになる人だよ」と紹介するためでした。

 

ほぼ寝たきりだと聞いていましたが、その日、おじいちゃんは体を起こし、驚くほどしっかり話をしてくれました。

 

若い頃、馬に乗っていた話。後ろから若い女の子がついてきた、という昔話。そして私を見て、「死んだばあさんと、よう似とるな」と言いました。

 

最後に夫へ、「幸せにしてやれよ」と伝えてくれて、その三日後に亡くなったのです。

 

お墓参りの帰り道、夫が言いました。

 

「会いたかったのかもね。〇〇(私)に」

 

あの夜の水も、涙も、声も、今でも説明はできません。でも、怖い思い出としては残っていません。

 

お盆の時期だったこと、黒飴だったこと、そして、私が“嫁”として初めてその家に入った年だったこと。あとから振り返ると、すべてが不思議とつながる気がしています。

 

あれは、私を怖がらせるためではなく「来てくれてありがとう」そんな気持ちだったのかもしれません。

 

今でも、黒飴を見ると、あの夜のことを思い出します。

 

ちなみにそれから義父は黒飴を見ると、仏壇を丁寧に掃除するようになりました。

 

著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)