ずいぶん昔の話ですが、私は真夏の京都の街角で、全身緑色の男性に出会いました。
そこは、京都でも一番ひと通りが多い、お土産店や飲食店がずらりと並んでいる道で、その時は陽炎がたつほどの暑さでした。
そんな炎天下の中、鮮やかな緑色の冬用の外套を着て、山高帽と手袋、靴までも緑色の装いで、涼しい顔をしてじっとたたずんでいた男性がいました。
誰にもぶつからず、不思議なことに誰も彼に興味をしめしませんでした。
すべてが厚手のフェルト生地で作られているように見えて、当時舞台衣装の仕事をしていた私の興味を引きました。
発色もいいし、きれいな色だなとじっと見つめていたら目があいました。
無表情にこちらを見返す彼は中年にさしかかったくらいの年齢に見え、肥っているわけでも痩せているわけでもなく背が高いとか低いとかもない、どこといって特徴がなく、似顔絵を描いてもらうのに説明しようにも「さっぱりとした顔」としか表現のしようがない顔立ちでした。
目があった時にすぐにそらせばよかったかもしれませんが、彼の手にあるアタッシュケースが気になって二度見してしまいました。
それはアタッシュケースまでもがフェルト生地でおおわれているようで、どこかで手作りした小道具のように見えたので、どうやって作ったのかを考えてしまったのでした。
数十秒程度の時間だった思いますが、私が見つめていることには彼は気が付いていたようです。
二度目に目があったとき、彼は誰かに呼ばれたかのように振り向いて人込みにまぎれて歩いて行ってしまいました。
真夏に冬服を着た、変わった男性を見た印象的なできごとは、しばらく私の記憶に鮮やかに残っていました。
それから10年後、真夏の九州の神社の参道でまたその男性を見たのです。
多くの観光客が来ることで有名な神社で、その日は群舞がある祭りが開催されており、すれ違うのが難しいほどの人込みでした。
その人込みを眺めるかのように、その男性は参道から少し外れたところにじっと立っていました。
祭り衣装を担当していた私は衣装を抱えたまま思わず、「あっ」と思って立ち止まり、彼を見つめて立ちすくみました。
人に押されるのでその勢いで動いていましたが、10年たってまた会うなんてと驚いた私は目を離すことができません。
廻りの人たちの迷惑そうな態度に気づいて、私はちょうど参道を挟んで彼と向い合せになる店舗の軒下に移動しました。
まさか「10年前に京都であなたを見ました」と話しかけるわけにもいかず、でもなぜまったく同じ格好で10年後にここにやってきたのか知りたい気持ちもあって立ち去りがたく、ただただ彼を見つめていました。
ふっと彼が何かをやり終えたように人の流れから目をそらしたとき、私と目が合いました。
彼は驚いたような表情を浮かべて私を見つめ返して固まっていましたが、確かに知っているひとに出会った時の様子で帽子のつばに手をかけて私に軽く挨拶をしました。
しかし、そのまま背を向けて去っていきました。
あれから10年目です。私はどこかでその男性に会うかもと期待しています。
会ったからといって、良いことがあったとか悪いことが起きたとか、何かの予兆だったとかいうことは全くなかったし、その男性を見たのは私だけのようです。
でも、私の前に2度現れたのは偶然ではないはずなので、この謎がいつか解けるといいなと思って生きています。
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