これは今から13年ほど前、私がまだマッサージ師を目指す専門学生だった頃の話です。
当時、高校を卒業したばかりの私は、盲学校に併設されているマッサージ師の専門学校に通っていました。
私には生まれつき視覚障害があり、眼鏡などで矯正しても遠くの文字などは読むことができません。それでも自転車には乗れる程度の弱視であったため、日常生活は工夫をしながら送っていました。
学校には、私と同じように視覚に障害を持つ学生たちが集まっています。全盲の人もいれば、私のように弱視の人もいる。見え方は人それぞれですが、皆どこか「見えない世界」との付き合い方に慣れている、そんな環境でした。
季節は秋が深まり始めた10月のことです。
11月に控えた文化祭に向け、校内は少し浮き足立った空気に包まれていました。
そんな折、私はダンス部に所属する同級生の女子の衣装選びを手伝うことになったんです。
私自身はダンス部ではないのですが、彼女は私よりもさらに視力が低く、衣装の色味や細かいデザインの確認が難しいため、私が「目の代わり」として同行することになったわけです。
メンバーは、ダンス部の女子数名と男子数名、そして私。16時頃に学校での授業を終え、私たちは連れ立って上野・御徒町エリアへ向かいました。
目的地は、ダンス衣装を扱っている専門店です。
17時頃、御徒町駅に到着しました。10月とはいえ、まだ日は落ちきっておらず、辺りは夕方の明るさを残していました。
都会の喧騒、行き交う人々の話し声、飲食店の換気扇から漂う匂い。慣れない人混みの中、私たちは地図を頼りに、といっても、皆目が悪いのでかなり苦戦しながら目当ての服屋を探しました。
ところが、肝心の店がどうしても見つからないんです。
「こっちじゃないか」「いやあっちかも」などと言いながら上野方面へ歩いているうちに、気づけば上野駅まで着いてしまっていました。
服屋は上野と御徒町の間にあるはずです。私たちは来た道を引き返すことにしました。ただ、また大通りの人混みを歩くのは骨が折れるため、一本裏路地に入って御徒町方面へ戻ることにしたんです。
そこは「たぬき通り」と呼ばれる道でした。
表通りの賑やかさとは打って変わり、そこは飲み屋街の裏手といった風情の場所でした。居酒屋の裏口が並び、ビールケースや室外機が雑然と置かれている。まだ開店準備中の店も多く、薄暗さと湿ったような、どこか澱んだ空気が漂っていました。
私は、私より視力の弱い友人の手引きをして歩いていました。
彼女は私の肘のあたりを掴み、私の半歩後ろをついてきます。これが私たち視覚障害者にとっての日常的な歩き方、「手引き」です。
私は彼女の安全を守る責任があるため、普段よりも路面の状況や障害物に気を配りながら歩を進めていました。
「ねえ、まだ着かないの?」
「もうすぐだと思うんだけどな……あ、ちょっと待って」
などと話しながらしばらく歩いたときでした。
私たちの進む先、道の中央あたりに、誰かがうずくまっているのが見えたんです。
そこは決して広い道ではありません。男二人が並んで歩くと、すれ違う人とは肩が触れそうになるくらいの道幅です。その真ん中あたり、私たちが通るには少し避ける必要がある位置に、その人物はいました。
深緑色のジャンバーを着た、60歳くらいのおじさんでした。
頭にはくたびれたベージュのキャップを被り、背中を丸め、地面にしゃがみ込むようにしてじっとしています。
妙に記憶に残っているのが、そのジャンバーの質感です。薄暗い路地裏にもかかわらず、その深緑色の生地はエナメル質のような独特の光沢を放ち、ぬらりと光っているように見えました。
うわ、酔っ払いか……。
上野や御徒町の裏通りでは、早い時間からお酒を飲んで潰れている人を見かけるのは珍しいことではありません。私はとっさに「面倒なことになりたくない」「気味が悪いな」という嫌悪感を抱きました。
おじさんはピクリとも動きません。私は肘を掴んでいる彼女を誘導するように、おじさんから距離を取り、道の端を大きく迂回して通り過ぎようとしました。
その時です。
私の腕を掴んでいた彼女の足が、ピタリと止まりました。
振り返ると、彼女はおじさんの真横で立ち止まっているんです。そして、あろうことか彼女は、そのうずくまっているおじさんの背中に向かって、ゆっくりと手を伸ばし始めたのです。
彼女の手のひらが、あのおじさんの深緑色のジャンバーに触れ、背中を確かめるように動くのが見えました。
私は背筋が凍る思いがしました。知らない酔っ払いにいきなり触れるなんて、何を考えているんだ。もし相手が逆上して暴れ出したり、絡まれたりしたらどうするつもりなのか。恐怖と焦りが一気に押し寄せ、私は思わず声を荒げました。
「すみません!」
おじさんに向かって反射的に謝罪の言葉を投げかけると、彼女の腕を強引に引き、足早にその場を離れました。
幸い、おじさんが声を上げてくる気配はありませんでしたが、怖くて振り返る余裕などありません。
心臓が早鐘を打つ中、私たちは逃げるように路地を抜けました。
結局、その通りに目当ての服屋は見つかりませんでした。
私たちはそのまま御徒町の駅前までたどり着き、ようやく足を止めました。
明るい駅前の光景を見て、やっと息がつけた気がしたのを覚えています。
私は呼吸を整えながら、さっきの無謀な行動について彼女を問い詰めました。
「ねえ、さっき何であんなことしたんだよ」
「あんなことって?」
「あのおじさんだよ! 道でうずくまってた緑の服のおじさん! いきなり背中さすったりして、怒られたらどうするつもりだったの」
私の剣幕に、彼女はキョトンとした顔をして首を傾げました。そして、信じられない言葉を口にしたのです。
「おじさんって何?」
「は?」
「おじさんなんていなかったよ。さっき私が止まったのは、なんか目の前に『モヤ』みたいなのが見えたからだよ」
彼女は真顔で続けました。
「道に変なモヤがかかっててさ。なんだろうと思って手を出してみたら、風呂の湯気みたいに生温かくて……。誰もいなかったよ?」
背中に冷や汗が伝うのがわかりました。
私には、はっきりと見えていたんです。深緑色のエナメル質のジャンバーを着た、生々しい人間のおじさんが。色も、服の質感も、そこに存在する質量も確かに感じていました。
しかし、私より視力の弱い彼女には、それはただの「生温かいモヤ」に見えていたというのです。
嘘だろと思い、私はすぐに前を歩いていた男子たちに追いつき確認をしました。
「ねえ、さっきのたぬき通りで、道にうずくまってたベージュの帽子かぶったおじさんいただろ?」と。
男子たちは顔を見合わせ、不思議そうに答えました。
「え? いなかったよそんな人」「誰もいなかったし、何もない一本道だったけど」
その瞬間、理解してしまいました。あのおじさんが見えていたのは、私だけだったのだと。
その後、少し落ち着いてから彼女に話を聞くと、意外な事実がわかりました。
彼女は視力が落ちる前の子供時代、頻繁に幽霊が見える体質だったそうなのです。今は視力が弱くなったため、はっきりとした姿形を見ることはなくなったそうですが、気配や違和感を今回のような「モヤ」として感じることはあると言います。
私には霊感など全くありません。今まで幽霊を見たこともなければ、信じてもいませんでした。
でも、あの時は彼女と「手引き」で繋がっていました。
彼女の腕に触れ、彼女の感覚の一部を共有しながら歩いていたあの瞬間。もしかすると、霊感を持つ彼女と接触していたことで、本来私には見えないはずのものが、私の脳内で勝手に「視覚化」されてしまったのではないでしょうか。
彼女には「生温かいモヤ」として感じられたあの存在。私には「深緑色のおじさん」として、あまりにもリアルな人間として見えてしまったあの存在。
もし、私たちが街ですれ違う「普通の人」の中にも、実はあのような存在が混ざっているのだとしたら……。そして、それを「人間」だと認識しているのが自分だけだとしたら……。
実はこの話には、少しだけ後日談があります。
それまで霊体験など一度もなかった私ですが、この出来事を境に、奇妙なものが見えたり聞こえたりするようになってしまったのです。
学校を卒業後、私はリハビリ職としてあるデイサービスに就職しました。
高齢者を相手にする仕事柄、死というものが決して遠くない職場環境です。
ある日、利用者の入浴介助を行っていた時のことでした。脱衣所で作業をしていると、天井の方から男の人の声で自分の名前を呼ばれたんです。そこには放送機器もスピーカーもありません。なのに、まるで古いラジオのような、ザラザラとしたノイズ混じりの声が、明らかに天井付近から降ってきました。
後で確認すると、その声の主と思われるおじいさんは、数日前に亡くなったばかりの方でした。
またある時は、街中を歩いていた際、ふと前を走る自転車に違和感を覚えたことがあります。
ごく普通の男性が漕ぐ自転車です。しかし、その荷台のあたりに、白髪で痩せこけた小さなおばあさんが、片手だけでぶら下がるようにして引きずられていたのです。まるでゴミ袋でも引っかかったかのように、不自然な体勢で、ものすごいスピードで流れていく景色の中を揺れていました。自転車の男性は気づく様子もなく、そのまま走り去っていきました。
あれは本当にこの世のものだったのか。それとも、私の目がまた「見てはいけないもの」を拾ってしまったのか。
当時は死に近い現場で働いていたため、一時的に感覚が鋭敏になっていただけかもしれません。
幸いなことに、リハビリの仕事を離れてからは、そういった不思議なものを見ることはなくなりました。
しかし、今でもふと思うのです。
あの日、上野の路地裏で「緑のおじさん」を見たこと。そして、霊感のある友人と繋がってしまったこと。あれが私の閉じていた「回路」を無理やりこじ開けるスイッチになってしまったのではないか、と。
あのおじさんの深緑色の背中の光沢を思い出すたび、私は今でも薄ら寒さを感じるのです。
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