八尾(やお)いうたら、大阪の中でもよう知られた町や。古くは河内国、今はモノづくりの街として有名やけど、地元の人間の中にはな、昔からひっそり語り継がれとる話があんねん。
ほんまに昔の話や。八尾の外れ、恩智(おんぢ)神社の裏山に「塚の森」っちゅう小さい林があるんやけどな、そこに「逆さ地蔵」いう不気味な地蔵がおるらしいねん。いや、正確には“おった”っちゅうべきかもな。
地蔵さんが逆さまになっとるなんて、普通ちゃうやろ?しかもな、見たもんには災いが降りかかるって噂されとって、地元の年寄りは昔から「絶対行ったらアカン場所や」言うて避けとったんや。
でも時代も変わって、TikTokやらYouTubeでなんでもネタにする若いもんが増えてきた。
ある日、地元の高校生がその“逆さ地蔵”を見に行った動画を投稿してな、そっから話がまた広がったんや。
「なあユウト、アレ見に行かへん?逆さ地蔵。ガチであるらしいで」
そう言うたんは、八尾高校2年のケンタ。調子乗りのイケイケタイプで、なんでもネタにしてバズらせたがる。
「いやいや、やめとけって。ああいうの、見たらアカンてばあちゃんも言うてたわ」
「でもさ、願い事叶うとか言われてるやん?ほんで、ほんまにおったら…動画バズるで」
結局、押し切られるかたちで、ユウトはケンタと一緒に恩智神社の裏手に向かうことになった。
季節は夏、時間は夕暮れ前。空は赤く染まって、蝉の声が耳にまとわりつくような日やった。
神社の脇から細い獣道を進んでいく。やがて竹やぶに入ると、空気がスン…と冷えていくのがわかった。
「なんか、ここだけ音せぇへんな…蝉の声も聞こえへん」
「ホンマやな……うわ、見てみ?あれやろ、祠(ほこら)ってやつ」
木々の間から、苔まみれの石の祠がひっそりと現れる。そして、そん中にあったんが……逆さになった地蔵やった。上半身が地面に突っ込まれてて、台座が空向いてんねん。顔は擦れてよう見えへんけど、目のあたりだけ赤う染まってて、気味悪かった。
「マジであったな…やば……ちょ、撮るで」
「やめとけって!写したらアカンやつやろこれ!」
ケンタはスマホを構えて、パシャパシャ写真を撮りだした。その瞬間、ユウトの耳に「……ヒュゥ……」と冷たい風の音が入り込む。その風に混じって、かすかに「……かえせ……」っちゅう声が聞こえたような気がしたらしい。
その日を境に、ユウトのまわりで異変が起き始めた。
まず風呂場の鏡に、知らん顔が映った。夜中に誰もおらんはずの自室で、足音がコツ…コツ…と聞こえる。また夜になるたびに、同じ夢を見る。その夢で赤い目の地蔵が、涙のように血を流しながら、こう囁いてくる。
「かえせ……」
「もどせ……そこに……」
何を返せ言うてんのか分からん。でも確実に“怒っとる”気配はあった。
ある晩、目ぇ覚ましたユウトは、枕元に置かれた“4つの小さな石”に気づいた。どこから入ってきたのか、その石は目と口みたいに並べられてて、ゾッとした。
「なぁ、ケンタ……あれ、マジでヤバいやつちゃうんか?」
「は?なにビビっとんねんw てかさ、昨日からスマホ調子悪くてさー、電源勝手に落ちたりしてんねん」
「お前もなんか起きてんのか……」
「まー大丈夫やろw 祠また行ってさ、動画撮り直すか!」
その夜、ケンタと連絡が取れんようになった。LINEも既読つかんし、電話しても出ん。深夜まで何度も掛けてやっとつながったと思ったら、薄っすらと聞こえてきたんはこんな声やった。
「……かえせ……」
「……つぎ……オマエや……」
すぐに電話は切れて繋がらなくなった。
翌朝、ケンタ両親から失踪届が出された。
家にも帰ってへんし、学校にも来ぇへん。唯一残されたのは、自転車とスマホの電源が切れたままのログ。
怖なったユウトは、親戚の爺さん家や恩智図書館に向かって、あの地蔵の噂をあさった。親戚の爺さんは余計な事を言って話にならなかったが、図書館で「天保十一年」の特集記事?を姉ちゃんが見つけてくれた。
その記事にはこの地区の昔のオカルト話が載ってて、あの地蔵の事らしき記述があり、こう書かれていた。
「地蔵、逆さに埋まりしを掘り起こし、村に災い起こる。七日の後、発見者狂乱し井戸に飛び込む。地蔵再び逆さに埋め、封じの祠建つ。鳥居逆さにして、封印とす」
……あかん。と思った。焦ったユウトは、ふたたび祠へ向かった。
森は不気味なほど静かで、風すら動かん。竹の隙間を抜けて、祠が見えたその瞬間、思わず息を呑んだ。
地蔵が、消えてた。祠の中は空っぽ。地面には逆さの台座だけが残されてた。
そしてその前に、ケンタのキャップと泥だらけのスマホが落ちとった。
パスワードを知っていたユウトはすぐに中を調べた。スマホには、最後に撮られた動画が残されていた。画面には、ケンタが地蔵を掘り出そうとしてる姿が映っとった。自撮りで撮影している様子だ。
「これ、完全に埋まっとるやんw よっしゃ、ちょっと出してみよか……うわ、目ぇ動いた?」
次の瞬間、画面がブレて、ケンタの叫び声が響いた。(正確にはケンタの叫び声かは不明)
「あああああああああああ!」
そこで映像は止まり、画面が真っ暗になった。
その後のケンタの行方はわかっていない。
いま、八尾市内の公園や通学路には、不自然な場所に新しい地蔵が立ち始めてる。キャップをかぶった地蔵。リュックを背負った地蔵。その顔には、どこか“若さ”が残ってる気がする。一部では、「あれ、ケンタちゃうか?」なんて噂もある。
そして、大人らの間ではこう言われとる。
『地蔵が普通に立っとるなら、大丈夫。倒れてたら、誰かがもうすぐ死ぬ。逆さまになっとったら、見たやつが“次の地蔵”になる』
もし、あんたが八尾の町でそんな地蔵を見かけたら決して目を合わせたらアカン。願いごとなんか、絶対にしたらアカン。
なぜなら…“地蔵の中身”、いまも入れ替わりを待っとるからな。
もう誰の体験談かわかっとるやろ。
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