私は九州の北のほうの土地の出身で、普段は県庁所在地付近の比較的都会に住んでいました。
お盆とお正月のみ母方の実家に帰ることがあり、お年玉やお小遣いを祖母や祖父からもらえることは楽しみなものの、親戚のおじさん達はずっと座ってるのに女というだけでずっと給仕をさせられる風習がまだ残っている地域だったため、私と妹は毎回この時期がくるたび憂鬱になっていました。
毎回「もうおじいちゃんとおばあちゃんのところに行きたくない」と父や母に相談もしていましたが、何故か毎回無理やりにでも連れていかれ、子供ながらになぜこんな労働をしなければならないのか疑問に思っていましたし、自分の意志が無視されることに嫌気がさしていました。
母方の実家は農家で、ほうれん草やキャベツ、ぶどうなどを近隣の畑で育てていました。おじさんの自慢話やいかに女を躾けてやったか得意げにする話にうんざりしていた私ですが、そういう人たちと関わらずに済む農作業自体は割と好きでした。
特に春先に行った時にたけのこを掘るのが面白く、何度か道迷いになってしまったこともあります。
とにかく自然豊かな山に囲まれた土地でした。
母方の実家には、母の兄、私から見れば叔父にあたる人の家族もたまにやってきており、たまたまその日は叔父家族と一緒にたけのこ掘りに出かけました。
叔父家族の17歳の長男さとちゃんと、14歳のたーくん、祖父と私と妹がその時のメンバーです。
その日はたまたまさとちゃんの誕生日で、新鮮なたけのこ炊き込みご飯でお祝いしようという話になっていました。
さとちゃんはよく笑っていた記憶があります。良くも悪くも人間が苦手な私とは対照的で、陽気で明るく気さくな良い人でした。
その日も一緒にたけのこを掘りながら土をかけられ、私や妹も負けじと土をかけかえし、喧嘩しながらも楽しくたけのこのほんのわずかな芽を見つけては掘り出し、どちらが多くたけのこを見つけるか競争していました。
たけのこを採り始めて20分ほどでしょうか、たーくんが突然火がついたように泣き出したのです。
私も妹も心配して「どうしたの?」とたーくんに声をかけますが、たーくんはひたすら泣き続けるばかり。
14歳の男の子は私や妹(当時5、6歳だったと記憶しています)からはほぼ大人に見えるので、取り乱しぶりに慌ててしまいました。
あたりを見回すとさとちゃんが見当たりません。さっきまですぐ近くでたけのこを掘っていたのにどこにもいないのです。
竹林はあまり見晴らしが良くなく、春でもちょっと涼しさを感じるくらい薄暗い場所です。慌てて祖父に「さとちゃんがいなくなった!」と伝えますが、祖父は「そう」と言うだけで何も慌てた様子がありません。
祖父は普段から物静かで朗らかな人でしたが、人情がない人ではありません。
私は困惑しました。妹は何が起こったのかよくわかっていないようで不安そうにしています。
私は妹とたーくんがいなくなるのが怖くなり、二人の手をしっかり握りながらさとちゃんを探します。
なんと呼んで探したかは覚えていません。多分さとちゃんとか名前を呼んでいたと思います。
数十分は探し回りましたがさとちゃんはどこにもいませんでした。
祖父が「もう暗くなってきたから帰ろう」とこともなげに言います。あまりにも感情がない声で今でもはっきり声音と、その時の背筋に走る悪寒を覚えています。
この人は本当に祖父だろうか?不思議に思いつつも、山から家までの道のりは祖父しか知らないので、私はついていくほかありませんでした。
その間もたーくんはずっと泣いていました。背中を撫でてなだめながら母方の実家の玄関手前数十メートルあたりでしょうか。
「もうさとちゃんはいなくなった」
たーくんがぽつりと言いました。
一瞬驚いてしまって間ができてしまいました。
そんなわけないよ、すぐ見つかるよと慰めましたが、たーくんはそれからずっと無言でたまにしゃくりあげるばかりで何も答えてくれませんでした。
たけのこご飯は全く味がしませんでした。子供が一人いなくなったのに、親戚のおじさんたちは何事もなかったかのように晩餐を続けます。
母にもさとちゃんがいなくなったと伝えましたが「そう」と答えるだけでした。
大変なことになったと思っているのは私だけなのか、早くこの家から出て自宅に帰りたいと思っていました。妹もなにか感じ取ったのか、不安そうに私の服の裾をずっと掴んでいます。
また女たちだけ給仕をさせられる夕飯の時間。母方の実家の玄関のチャイムが鳴りました。
さとちゃんかもしれない!そう思って走って玄関に向かいました。母方の実家の玄関は今では珍しいじゃばら式で、開けるのにちょっとコツと力がいりますが、その時はなぜかすっと玄関が開いたのを覚えています。何も力は入れてないのに自動的に開いたようでした。
「ただいま」
そこにいたのは、確かにさとちゃんだったのですが、私はさとちゃんではないと直感していました。
あの「さとちゃんの笑顔」ではなく、親戚のおじさん達のような、どこか気持ち悪い張り付いたような笑顔。
「ごめんね遅くなって、〇〇」
さとちゃんは私のことをずっと○○ちゃんとちゃん付けで呼んでいました。
これは誰だろうか。妹も違和感があったのか一瞬裾を引っ張る手がびくっとしていました。
その後誰も気にしていなかったくせに、「よく無事に戻ってきたねえ」「寒くなかったかい?」と口々にさとちゃんだったものに皆が声をかけます。
その後のことはよく覚えていませんが、泊まりの帰省だったので祖母がふとんを用意してくれました。
夜中、誰かの気配を感じて目を開けるとたーくんが私のそばに立っていました。
「○○ちゃんは、17歳になったらこの家に来ちゃだめ」
なぜ?と聞き返しましたがたーくんは何も言わずに、たーくんのために敷かれた布団がある二階へ戻っていってしまいました。
妹も聞いていたようで、豆電球の薄明かりの中(妹が明かりがないと眠れないためつけていました)目をあわせると首をかしげていました。
私はなんとなくたーくんがなにか知ってることはわかっていましたが、17の誕生日から先は受験を理由に帰省を断ることに成功しました。
妹も同様の理由で帰省を断れたようです。
結局私は大人になってから都会に出てきてしまったので、もうあの母方の実家がどうなったのか、山がどうなっているのか知りません。祖母と祖父が亡くなって誰も立ち寄らなくなったところまでは聞いたのですが…。
先日たーくんから結婚しましたというはがきが届きました。
その笑顔は、やっぱりあの頃のたーくんとは違って張り付いているように見えました。
たーくんは断れなかったのかもしれません…。
母や妹に当時のことを話してみても、そんなことあったっけ?と言われるばかりで誰も覚えていませんでした。
祖父はもう亡くなっており、今となっては何があったのか知るすべはありません。
でもたまにあのたけのこ掘りの時のことを夢に見るのです。
その夢にはいつも決まってちゃんとさとちゃんもいるのですが、顔がよく見えず、「○○ちゃんは来ないの?」と言われるのが恐ろしくて、私は今も帰省できずにいます。
著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)