黒いお話

私の親戚の、知人からとある相談を受けまして。

 

その相談の内容というのが知人の過去の体験も関係がありそうなので、まあ順を追ってお話ししますね。

 

何十年も前の話です。その知人の地元には定期的に紙芝居屋さんが来てたそうです。

 

今の子たちにはちょっと馴染みがないかもしれませんね。

 

自転車の荷台に木枠で作った台を置いて、お小遣い片手に集まった子供たちに向けて紙芝居を見せるんです。

 

当時の空き地や公園は結構賑わっていたみたいですよ。

 

かくいう知人も小学生の頃はよくその紙芝居屋さんの所へ行ってたようです。半分はそこで買える駄菓子目当てでしたけど、もう半分はしっかりと紙芝居を楽しむためにね。

 

紙芝居の内容はみんなが知ってるような有名な童話より、紙芝居屋さんオリジナルの物語が多くて人気だったみたいです。

 

子供が多い地域には紙芝居屋さんも商売に来やすいみたいで、知人の地域には複数の紙芝居屋さんが出入りしてました。

 

公園に行けば誰かしら紙芝居屋さんがいる、そんな状態でしたから子供たちは放課後も退屈知らずだったかもしれませんね。

 

しかし、同じ頃でしょうか、その地域に変な噂が立ち始めたらしいです。

 

その日、知人は一人で公園に向かっていました。

 

いつもであれば友達と約束をして公園へ向かうのですが、この日は珍しく用事やら何やらで友達の都合が付かなかったらしいんですよね。

 

まあこんな日もあるだろうと、知人少年はさほど深く考えずに公園へと足を進めました。

 

一歩踏み入れれば、そこにはいつもの陽気な紙芝居屋さんと彼に群がりキャッキャとはしゃぐ子供たちの光景が広がる…

 

そう思っていたのですが、知人はふと近づく足を止めました。

 

いつもと雰囲気が違う。

 

普段なら公園の入口まで聞こえてくる紙芝居屋さんの物語を読み上げる大きな声や子供たちの歓声が聞こえてこない。

 

後ろ姿しか確認できないけれど、紙芝居を見つめる子供たちが突っ立ったまま微動だにしていない。

 

今まで一度も見たことがない、初めて見る紙芝居屋さんの表情は能面のように無表情で、小さく開けた口でボソボソと何かを言っては紙芝居を捲っていく。

 

紙芝居は、捲っても捲っても絵など描いてなく、絵具を塗りたくったようにただただ真っ黒だったと。

 

知人はその異様な光景を前にして、足が完全に竦んでしまって一歩も動けなくなっていました。

 

そうして紙芝居屋さんが「イヒ、ヒ」とひきつった笑い声を漏らしながら最後の紙を台から抜き取ると、子供たちは無言のままパチパチと拍手を送りました。

 

手に持った駄菓子が潰れて割れて、地面に落ちてもお構いなしに。

 

紙芝居屋さんが全てを片づけて、自転車を押して知人の横を通り抜けて公園から出て行っても、ずっと、ずっとその場で拍手を続けていました。

 

紙芝居屋さんが消え、ようやく体を動かせるようになった知人は公園から走って逃げました。

 

拍手し続ける子供たちの中には見知ったクラスメイトもいましたが、駆け寄って声を掛ける勇気はありませんでした。

 

翌日、知人の学校では休む者が多く出ました。

 

学年はバラバラでしたが、みんな昨日知人が目撃した、紙芝居屋さんの元に集まってた子たちでした。

 

先生から盗み聞きした話によると、休んだ子たちは軒並み熱を出して寝込んだらしく、中には何かに怯えて部屋の隅で泣き続けている子もいたとか。

 

知人は紙芝居屋さんのことは誰にも話さなかったのですが、どこからともなく噂されるようになりました。

 

読み聞かせた子供たちに呪いを振りまく紙芝居屋さんがいる。呪われた紙芝居を読む紙芝居屋さんがいる、と。

 

呪われた紙芝居とはあの時の終始真っ黒な紙芝居のことでしょうね。

 

この噂は瞬く間に子供の間に広まると、公園や空き地にいる紙芝居屋さんに誰も近づかなくなりました。

 

中にはお巡りさんから職質を受ける紙芝居屋さんもいたそうで、そんな風に儲けにもならず肩身が狭い思いをすると自然と紙芝居屋さんたちの足も遠のき、ついには知人の地元で紙芝居屋さんを見ることはなくなったそうです。

 

しかし、それでも、呪いを振りまく紙芝居屋さんの噂だけは消えませんでした。

 

黒い紙芝居はこの町から離れただけ。日本中の町や公園を転々として、子供たちにあの真っ黒い呪われた紙芝居を見せているんだ、と。

 

子供たちの間でまことしやかに噂される形ですけど、知人の地元やその周辺の地域では結構根強く広まったみたいですよ。

 

ただ時代が流れるにつれ、紙芝居屋さんそのものが珍しくなった今の世代の子たちはさすがに知らないみたいですけどね。

 

と、ここまでが知人の小さい頃の体験談です。

 

地元に出没していた、真っ黒い紙芝居を見せる紙芝居屋さんのお話。

 

これを踏まえて、最初に言ってた知人からある相談を受けた話に戻るんですが、その時彼に尋ねられたんです。

 

あの紙芝居屋は消えたと思うか。

 

あの紙芝居屋はもうどこにもいないと思うか。と。

 

確かに「黒い紙芝居を見せる紙芝居屋さん」は見なくなったかもしれない。

 

しかし、紙芝居屋さんの目的が「紙芝居を見せること」ではなく「子供たちを呪うこと」だったなら。

 

時代が流れる中で紙芝居屋を取り繕うことを止め、手を変え品を変え、現代に紛れ込んでいるとしたら。

 

…知人にはね、小学校に通う息子さんがいるんですけど、その子が最近スマホの画面をじっと見てるんですって。

 

音も何も無く、ただただ真っ黒な画面を延々と息子さんが微動だにしないで凝視し続けるんですって。

 

何時間も。

 

これを聞いた私の脳裏には、昔知人が見たという黒い紙芝居を見続ける子供たちの姿が思い浮かびました。

 

恐らく知人も同じ光景を思い起こしたんでしょう。

 

その姿を見るたび息子さんからスマホを取り上げてるんですが、息子さんは知人の隙をついていつの間にかまた画面をじっと見てるそうです。

 

良い知恵があれば教えてください。

 

息子さんが可笑しくなる前に何とかしないといけない。そう思ってはいるんですが、私はいまだに彼らにどんな言葉を掛ければよいか考えあぐねているんです。

 

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