夢を共有する会

これは俺自身の体験ではない。

前に同じ職場で働いていた先輩から聞いた話だ。

酒の席で面白半分に出てきた話ではなく、仕事の合間に、ふと思い出したように話された。内容の割に、先輩が妙に淡々としていたのが印象に残っている。

 

その先輩の地元には、「同じ夢を見た人間が集まる会」があったらしい。

正式な名前は知らないし、宗教団体のような看板があるわけでもない。役所に登録されているような組織でもない。ただ、地元の一部では暗黙の了解のように存在していて、知っている人は知っているし、知らない人は本当に何も知らない、という種類のものだったそうだ。

 

条件は一つだけで、「ある夢」を見た人間が対象になる。

 

ただし、その夢の内容について、誰に聞いてもはっきりした説明は返ってこない。

暗い場所だったとか、人の気配があったとか、音がした気がするとか、その程度の話ばかりで、人によって少しずつ違う。

共通しているのは、「普通の夢とは違う気がする」という、かなり曖昧な感覚だけだった。

 

先輩がその会に関わることになったきっかけは、知り合いに「最近、変な夢を見る」と話したことだった。

深刻な相談をしたつもりはなく、雑談の延長だったらしい。

ただ、その相手が少し考え込んだあと、「それなら、一度集まりに顔を出した方がいいかもしれない」と言った。

 

理由は説明されなかった。ただ、その場の空気で、断ると面倒になりそうだということだけは分かったらしい。

 

会が開かれたのは、個人の家の一室だった。

集まっていたのは数人で、年齢も職業もばらばら。

全員が初対面というわけではなく、顔見知り同士らしい人間も混ざっていた。ただ、その場では全員が「その夢を見たことがある」という前提で扱われていた。

 

最初に行われたのは、夢の内容の確認だった。一人ずつ順番に、どんな夢を見たのかを話す。この時点では、ただの体験談の共有に見えたという。

 

ただ、話を聞いていると、少しずつ違和感が出てきた。誰かが夢の内容を話すと、周囲の反応が微妙に揃わない。はっきり否定はしないが、「そこは違う」「それはまだ見ていないはずだ」と、細かい修正が入る。

 

先輩が、自分の見たままを話すと、「それは少し早い」「そこまで進んでいない」といった反応が返ってきた。

 

最初は、夢の記憶なんて曖昧なものだし、自分の勘違いかもしれないと思ったそうだ。

正直、その時点では、そこまで深く考えていなかったとも言っていた。

 

会は一度きりではなかった。

 

数週間おきに開かれ、先輩も何となく参加し続けた。

理由ははっきりしないが、行かないと落ち着かないような気分になっていたらしい。ただ、それが会の影響だったのか、単に生活の中の習慣になっていただけなのかは、正直よく分からない、と先輩は言っていた。

 

回数を重ねるうちに、先輩は気づいたことがある。

この会には、「正しい夢の形」が、最初から用意されている。

 

覚えていない部分を正直に「分からない」と言うと、誰かがすぐに補足する。「たぶん、こうだったはず」「そこは後で思い出す人も多い」そう言われると、それ以上話は広がらない。

 

逆に、その補足を否定すると、場の空気が変わる。誰かが怒るわけでも、注意されるわけでもない。ただ、話題が不自然に切り替わったり、発言が拾われなくなったりする。

その場にいると、「今のは違ったな」という感覚が、はっきり伝わってくる。

 

先輩は次第に、自分の夢を正確に話そうとするのをやめた。代わりに、これまでに出た話をなぞるようになった。すると、不思議なくらい、その場がうまく回るようになったという。

 

実際にその夢を見たかどうかは、次第に問題ではなくなっていた。夢をどう語るか、どこまで話を合わせられるか。いつの間にか、そこだけが重要になっていた。

 

ある時点から、会に参加していた一人が来なくなった。

欠席について事前の連絡はなく、理由の説明もなかった。

次の会では、その人物について簡単な言及があり、「途中まで進んだが継続できなかった」という整理がなされた。

 

それ以上の説明や質疑はなく、以後、その人物の名前や近況が話題に上ることはなかった。

 

その頃になると、先輩ははっきり分かったそうだ。

この会で見られているのは、夢を見続けられるかどうかではない。この場で正しく振る舞えるかどうかだ。

 

しばらくして、先輩は会に行く回数を減らした。理由を聞かれても、「最近、あまり夢を見なくなった」と曖昧に答えた。

すると、周囲の反応が変わった。「見なくなるはずがない」「見ないと言えるのは、ちゃんと見ている証拠だ」言われている意味が、正直よく分からなかったらしい。

 

それでも先輩は、少しずつ距離を取った。すると、会とは直接関係ないはずの知り合いからも、妙なことを言われるようになった。

「最近、顔出さないね」「大丈夫か」理由を説明できない心配のされ方だったという。

 

最後に呼ばれたとき、こんなことを言われたそうだ。「夢を見ない人間が一番危ない」それを聞いて、先輩は完全に関わりを断った。引っ越しもして、地元との付き合いも最低限にした。

 

今でも先輩は、その夢を見ていないと言う。ただ、たまに思い出すことがあるらしい。

 

あの会に集まっていた人間たちは、本当に同じ夢を見ていたのか。それとも、同じ話ができる人間だけが残されていただけなのか。

 

少なくとも、夢の内容そのものより、夢をどう説明するか、どこまで合わせられるかを、異様に気にする集まりだった。オカルト的な言い方をしていただけで、実際に選別されていたのは夢ではなく、人間の方だったと、先輩は言っていた。

 

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