夜の訪問者

これは俺が高校生のときに経験した話だ。

 

俺の家は古い一軒家で、少し離れた場所にぽつんと建っていた。

 

周囲には田んぼや林が広がり、夜になると静寂に包まれるような場所だった。田舎の風景はのどかで、昼間はのんびりとした雰囲気が漂っていたが、夜になるとまるで別世界のように静まり返り、不気味さすら感じることがあった。

 

ある晩、家族が全員出かけていて、俺は一人で留守番をしていた。

 

特に怖がりなほうではなかったし、テレビを見たり、スマホをいじったりして、適当に時間を潰していた。

 

外はすでに暗くなり、窓の外を見ると、月明かりだけがぼんやりと辺りを照らしていた。田んぼの水面に映る月の光がゆらゆらと揺れ、風の音と虫の鳴き声だけが聞こえる。そんな静かな夜だった。

 

時計を見ると、もう夜の十時を過ぎていた。そろそろ風呂に入ろうかと思い立ち、立ち上がったその瞬間だった。

 

「トン、トン……」

 

どこかで何かを叩くような音がした。最初は風か何かの音だろうと思い、特に気にも留めなかった。しかし、しばらくするとまた、

 

「トン、トン……」

 

と同じ音が聞こえた。今度は少し大きく、はっきりと聞こえた。

 

俺は少しだけ不安になりながらも、音のする方へ耳を澄ませた。

 

それは玄関の方から聞こえてくるようだった。誰かがドアを叩いているのかもしれないと思い、恐る恐る玄関へ向かった。

 

しかし、のぞき穴から外を確認しても、そこには誰もいなかった。「気のせいか……」そう思い、テレビの音量を少し上げた。その瞬間、

 

「コンコン」

 

と、再びノックの音が鳴った。

 

「確実に誰かがいるー」

 

恐怖が込み上げる。手のひらにじっとりと汗が滲み、心臓が嫌なほど速く鼓動を打ち始めた。

 

俺はスマホを握りしめ、じっと耳を澄ませる。すると——

 

今度は玄関だけではない。 家の裏側の窓からも、「コツコツ」と何かが叩く音が聞こえた。

 

「誰かが家を囲んでいるのか……?」

 

この静かな田舎に強盗なんて来るものなのか。それとも……何か、別のものか?背筋がぞくりと冷たくなる。

 

こんな状況で警察に通報するべきなのか迷う。しかし、仮にこれがいたずらだった場合、大げさに騒ぐのも恥ずかしい。そう考えて躊躇しているうちに、

 

「ギィ……」

 

家の中から床が軋む音がした。まるで、誰かが家の中にいるかのように。

 

玄関も窓も確かに鍵はかけてある。外から入るはずがないのに、なぜ……?

 

恐怖に固まる俺の目の前で、リビングの電気がチカチカと点滅し始めた。

 

停電かと思ったが、スマホの画面は明るいままだ。電波も途切れていない。それなのに、部屋の電気だけが不規則に点滅している。まるで、何かが俺に気づかせようとしているかのように。

 

そんなときスマホの画面が突然暗転した。

 

そして暗い画面に反射して映し出されたのは、俺の背後に立つ、黒い影。影はぼんやりとした輪郭を持ち、ゆっくりと形を変えていた。そして、まるで何かを囁くように口を動かしている。だが、音は聞こえない。

 

鼓動が一気に高鳴る。声を出そうとしても喉がひりつき、何も言葉が出てこない。次の瞬間、

 

「……みつけた……」

 

耳元でかすかな囁き声が聞こえた。全身の毛が逆立ち、心臓が止まりそうになる。息が詰まり、呼吸すらままならない。俺は反射的にスマホを投げ捨てた。

 

その途端、影の違和感がすっと消えた。同時に、電気の点滅も止まる。何事もなかったかのように、部屋は静寂に包まれた。しかし、俺の鼓動だけがまだ乱れたままだった。

 

震える手でスマホを拾い上げる。恐る恐る画面を見ると、スマホは通常の状態に戻っていた。「あれは……何だったのか?」恐怖と混乱の中、俺はしばらく動けずにいた。だが、それは終わりではなかった。

 

突然、部屋の隅で物が倒れる音が響く。驚いて振り向くが、そこには何もない。

 

「……違う……」

 

そうどこからともなく、かすかな声が聞こえた。俺は恐る恐る後ずさる。スマホを手に、玄関へ向かおうとする。 しかし、

 

「ドンッ!」

 

背後の壁が大きく揺れた。何かがそこにいる。 見えない何かが、そこに。

 

俺は叫びそうになるが、声が出ない。息が詰まり、足がすくむ。

 

この時の心理状態はわからない。ただまたスマホを確認したくなった。自ら暗い画面の反射を利用して後ろをのぞき込む。

 

そこに映ったのは、俺のすぐ後ろに、じっと佇む、影。影はもう、はっきりとした形を持っていた。

 

黒いローブのようなものをまとい、顔だけがぼんやりと浮かび上がっている。そして、にやりと笑った。

 

「もう、逃げられないよ……」

 

それが最後に聞いた言葉だった。次の瞬間、視界が真っ暗になり、気がついたとき、俺は玄関の前で倒れていた。

 

スマホは床に転がっていて、時間は朝になっていた。あれほどはっきり見えた影も、囁かれた声も、すべて夢だったのかと思うほど痕跡がなかった。

 

だが、それ以来、俺の家では深夜になると決まって玄関から、「コンコン」 と鳴るようになった。

 

本当に毎日のように鳴るが、一度だけ勇気を出してドアを開けてみたことがある。

 

だが、そこには誰もいなかった。ただ、玄関の前の地面には、俺の知らない誰かの足跡が残っている。

 

もし夜中に、誰もいないはずの玄関を叩く音が聞こえたら……絶対に開けてはいけない。

 

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